はじまり、はじまり。

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「だからあたしはひかる様を護らなきゃいけないの」 どこか遠くを見つめる彼女。 馳せる想いはひかるにもありありと伝わってきた。 しかし。 馳せるのはいいが… 彼女はふわふわと隣で宙に浮いていた。 その姿を見て落ち着かないったらありゃしない。 それに幽霊みたいな存在、だからといって。 さっきから人々の身体をすり抜けるし…。 楽しそうに話すひかるの横のそれにひかるはそれに苦笑いを浮かべていた。 彼女の顔はとても幸せそうなんだろう…― ふと自然に。 風が頬を撫でるくらい、海がさざ波をたてるくらい、人が息をするくらい自然にひかるは彼女に目線を向ける。 その時だった。 はっとした。 まさか…とも思った。 遠くの空を見つめ、話しつづける彼女。 その横顔。 見たことがあった。 たった一回だったけど、はっきりと覚えている。 ひかるは言葉を失った。 「……朝の彼女…?」 そう。 愛流の横顔は、ひかるの見た、確かに自殺したはずの彼女だったのだ。 ぴた、と脚が止まる。 というより動かなくなった。 「……でね、それでね―」 止まったひかるに気付かないで夢中になって話をする愛流。 だが少しだけ離れたところで気付き、愛流は振り返る。 「ひかる様?どーかしたの?」 首を傾げる愛流。 その顔と、今朝の涙を流す彼女とだぶって見えた。 「―…ううん……何でもない…」 ひかるは首を横に振った。 言えなかった。 言えるはずがなかった。
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