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私にはもう何も言えなかった。
この店の、いやこの娘の常識は破綻している。
「すみません、やっぱりこれ借りません」
力なく呟くと持っていた本をカウンターに置いた。
娘は更に不思議そうな顔をしながら、「よろしいのですか?」と聞いてきた。
もはや答える気力もなかった私は、ふるふると首を横に降った。
娘の顔を再度見ることなく出口まで行き、一言呟いた。
「あなたの店は貸し本屋ではないのですね」
そのまま振り返らずに店を出た。
中からは娘の戸惑いまじりの声が聞こえてきた。
悪いことをしただろうか?いや、そんなはずはない。私は世間一般のルールに伴い生きている。
娘の世界のルールでは生きていない。
多少の自己嫌悪にかられながら歩いていると、来るときに見かけた男女がまだそこに立っていた。
「あなたも貸し本屋に行ったのですか」
女が言う。
「あれは貸し本屋ではないですね」
男が言う。
「あれは彼女のための、彼女だけの世界ですよ」
私が言った。
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