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太陽が山々に半分ほど隠れ、東の方から漆黒の闇が所々に星という光のかけらを散りばめながら徐々にその勢力を伸ばしつつあった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
そんな時刻に草木が鬱蒼と生い茂る森の中を一人の少女が走っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……ふう」
一度立ち止まり、辺りを見回す。
木々から生える葉はまるで天井のように空を覆い、ただでさえ薄暗い世界をより完全な闇へと近づけていた。常人であれば十メートル離れた物は全て黒く塗りつぶされるであろう森の中を少女は隈無く見回す。
自らの魔力によって視力を極限まで強化した瞳は、残り半分以下の夕日によってもたらされる極々わずかな木漏れ日でさえ捉え、日中とはいかないまでも、かなりの視界を確保していた。
『天見、ターゲットが一体そっち行ったぞ』
彼女の耳に付けられた通信機から緊張感ある青年の声が発せられる。
その時、ガサガサと明らかに風以外の何モノかが動く音が聞こえてきた。
何モノかが蠢く暗い森の中という、恐怖を感じずにはいられない場所で、彼女の格好はおよそ似つかわしくないものであった。白いブラウスの上からブレザーを着、スカートを履いており、その風貌は明らかにどこかの学校の生徒であった。ブレザーの胸の位置にはバルトギア国立魔術防衛学校の校章が刺繍されており、スカートの裾にある一本の細く赤いラインはその生徒が魔導師育成課程一年生であることを示していた。
「りょ~かい」
緊迫感のきの字もない返事を返すと、彼女の右手が光り始める。それと同時に五芒星に奇怪な文字が添えられた魔法陣が展開されたかと思うと、その手には一本の杖が握られていた。
「見つけた」
視界の端に不自然な影を捉え、体を向けると、そこには狼のようなものがいた。
鋭い爪を持ち、唾液を垂らしながら黄みがかった牙を剥いて唸る様は正しく獣のそれであったが、単なる狼とは決定的に異なる点があった。
その狼は二足で立っていたのだ。筋肉の付き方や骨格も異常で、胸には大きな大胸筋が盛り上がり、本来なら前に付いているであろう腕が横にあった。
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