風鈴夏

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僕達は軒先で二人並んで、夢衣が運んできた麦茶を飲んでいた。 古い扇風機がぎこちなく首をふるたび、火照った体を撫でるように、生ぬるい空気が流れていく。 夢衣は祭りの夜店で買ってきたおもちゃの巻笛に息を吹き込んでいる最中だった。 夢衣の息が吹き込まれるたび、クルクル巻きになった紙の包帯が膨らみ伸びては縮んでいく。 その間、僕の心は気まずい時間を誤魔化すための作業を探し、悠久の中をさ迷っていた。 繰り返される時間。 首を降り続ける扇風機。 僕はその扇風機の首振りつまみを掴んで止めると、扇風機に向かって、「あ゛~ 」と意味のない、ひび割れたビブラートをかけ始めた。 宇宙人の声が、意味のない雑音を響かせる。 「あ゛ぁ~」 夢衣は、僕のこの終わらない無意な作業を、巻笛を膨らましたまましばらく眺めていた。 「あ゛ぁ~」 意味なく繰り返される作業。 夢衣のぷっくりした唇から巻き笛が遠ざかる。 膨らんだままの紙の風船は途端にしぼんで巻き戻っていった。 夢衣はそのまま僕の隣に来て、扇風機を覗き込む。 僕はそれに気づかないふりして、逆風に向かい発声し続けた。 その声に唐突に艶のある声が重なる。 「あぁぁぁ~」 夢衣は僕の真似をするように隣で声を絞り出していた。 小鳥のさえずりのような心地よい音に、僕は酔って声を出し続けた。 遠慮してしばらく泣き止んでいたセミ達も、その声に加わりたいとばかりに、一斉に鳴き始めた。 ひぐらしの鳴き声に溶けて流れる、僕と彼女の内緒の語らい。 僕達はとっておきの遊びを見つけたように、二人で扇風機に向かい言霊を吐きあった。 その声は青空に溶けて流れ、消えていった。
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