風鈴夏

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いっこうに目線を離す気配のない夢衣に、気まずい沈黙が続く。 それに耐えかねて僕は口を開いた。 「あっ今日は何しようか」 それとなく目線をそらして頭をかく。 そんな素振りさえ楽しむように、下から顔を覗きこんでくる夢衣。 僕は冷静になる時間を稼ごうと、身近から話をふる素材を探した。 そんな僕の眼にふと、あるものが留まる。 境界の無い田舎特有の庭。 そこにはえた雑草の周りを、ブンブンと回っていた一匹のアブが、こちらに向かって飛んできていた。 正確には夢衣に向かってだが。 僕は慌てて夢衣を引き寄せた。 「あっ!」 一瞬驚きの声をあげ、すぐに沈黙する夢衣。 僕は彼女を抱き抱えるような格好のまま、旋回し続けるアブを睨み続けた。 黒曜石のように艶のある髪から漂う若葉の香り。 僕はその綺麗な黒髪にたかろうとするアブから彼女を守るように、彼女の頭を片手でおおい胸に引き寄せた。 夢衣の体温、夢衣の鼓動が胸の辺りから伝わってくる。 わずかに震える夢衣の鼓動。 「ゆい、ちょっとじっとしてて」 僕はゆいを安心させようと、小声でささやいた。 夢衣はそれには答えず、代わりに僕の胸の辺りのシャツを、ギュット握りしめてくる。 どれくらいそうしていたか。 いつの間にかアブは飛び去っていた。 それでも僕は、この温もりを手放すのをおしんでいた。 惜しみながらも、いつまでもこうしてる訳にもいかず、そろそろと両手を離す。 完全に自由になった筈の夢衣は、一向に動く気配をみせなかった。 僕の胸に頭をつけたまま、シャツを固く握りしめている。 おたがい次の行動が分からず固まっているようだった。 しばらくして、夢衣は僕の胸からゆっくり頭を離すと、うかがうように僕を見上げた。
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