担当天使

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男がふわりと床に降りて来た。 ぱたん、と翼が折り畳まれる。 男の眉間には相変わらず皺が刻まれていた。 怒っているのだ、と思った。 男がなんでこんなに怒っているのか、わからなかった。 私が死ぬのに、この人は関係ない。 「俺はディルカ」 「…磯嵜、真依子です」 「知ってるよ。俺はあんた担当の天使なんだからな」 「担当…?…てんし?」 確かに、見た目は天使だった。 いや、天使といわれるイメージに合っている。 頭の輪っかもあるし、翼で飛んでいた。 だが、と思い留まる。 これは夢ではないかと。 頬を両手で強く引っ張ってみた。 …痛い。 「夢じゃねぇよ」 呆れたように男が――ディルカが溜め息を吐く。 駅前で屯している不良と同じような口調だった。 これが本当に天使なのか、疑ってしまう。 「疑うなら、触ってみな」 そう言って、ディルカが腕を差し出した。 これに触れと言うのだろう。 …触った途端、捕まえられて人身売買、なんてことにはならないだろうか。 「ならねーよ」 「!…なんで、わかるの。考えてること…」 「言ったろ?俺はおまえ担当の天使だってな」 天使って、一体何なの…? …これもきっと、ディルカには読まれているのだろう。 ディルカが不敵に笑っている。 ならばと、私は手を伸ばした。 ディルカの腕に、触れる―――と思った瞬間、手が、宙を切った。 いや、違う。 ディルカの腕が、透けているのである。 「天使と人間は触れ合えないんだよ。こっちが実体化しない限りな。物は持てるんだが」 くるくると手のひらでハサミを回すと、ディルカはそれをベッドに放り投げた。 ぽよんと跳ねるハサミに、すぐに触れてみる。 これは、透けない。 ディルカの言う通り、触れることが出来た。 「…本当に、天使なんだ」 「そ。あんたが馬鹿なことしようとしてたから、素っ飛んできたわけだよ」 感謝してくれよ、とディルカが笑う。 にやりとした、意地の悪い笑みだった。 3.12月8日 ディルカが現れてから、一週間が経過した。 とっくに私は自殺を諦めた。 天使が天界からわざわざやって来て、止めてくれたのだ。 振りきってまでやる気力はなかった。 なのにディルカは、未だに私の周りをふわふわ漂っている。 『また自殺をしないように』、というのがディルカの主張だったが…私は疑っている。 地上に降りて来たのだから、見物してから帰ろう―――。 そんな思惑が働いているのだと思った。
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