序章

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 中央歴二四六八年、世界はようやく五百年前の災厄時点の文明を取り戻すことができた。随分と時間がかかったものの、高層建築物の谷をクルマが走り、肉を食べ、酒を嗜むようなありふれたことを、ごくありふれたことのように出来るまでに復興した。  五百年前に何が起き、どうして復興に五百年もの時間を費やしたのか。それを知る者は分厚く高い城壁の中で穏当な生活をしている人々の中にはほとんどいないだろう。今なおそれを眼前に叩きつけられた現実のように見つめているのは、各国の首脳、それに城壁の外にいる人々くらいのものだ。  城壁の外にいる人々の多くは、災厄発生時に行方が分からなくなった人々の子孫だとされている。復興を謳う政府は、そんな彼らに見ぬふりを装う。どの政府も現状の生産力で彼ら全てを救えないのが明らかだからだ。それに、政府関係者でも一部しか知らない事実が見ぬふりを強固なものにしている。専門家曰く、変質しているのだ、と。  炎や風を手や足のように操る超能力者や、うろこや外骨格で表皮を覆われた者があちこちで見られるのだ。普通ならそういったものたちは迫害を恐れてひとところに集まってひっそりと暮らしているものだが、そんなことをする必要がないほどに、世界には変質が広がっている。  災厄が起きてすぐに、各地の都市には城壁が築かれた。正常な人間とそうでないものを区別するために、そして新たな変質を広げないために、いくつもの『楽園』が生まれた。変質によって命を失うことは無かったが、意識を失ったり、あるいは極端に退化したりするものが多かった。城壁はそれらから民を守るためと称し、実際にはそれらから目を背けるために、厚く、高く、そして強固に作られた。  例え変質した人々がいなかったとしても、城壁の外が危険であることに変わりはない。すっかり荒野と化した元文明圏には、得体の知れない生物や奇妙な自然現象が存在する。変質した人間ですら、それらに出会って命を長らえるかどうかはまちまちだ。
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