第四章

46/51
5830人が本棚に入れています
本棚に追加
/319ページ
幼い俺では気づかなかった。 狭い世界で絶望していた俺では気づかなかった。 あの日、一瞬の隙をついて屋敷から逃げ出した。広い世界へ踏み出し、何も考えちゃいなかったけど、孤独で恐怖心しかなかったけど、その世界で俺を見つけてくれたのは神楽。 俺を、俺自身を生かしてくれたのは他の誰でもなく、神楽坂春斗なのだ。 「俺を生かすきっかけをくれたのは神楽で、俺を受け入れて俺自身を生かしてくれたのはここにいる皆と、学園で待っていてくれている皆なんだよ」 生きるきっかけをくれたのは神楽。 俺のために生きてくれるサナ。 純粋に、凶器じみた愛情をくれたジン。 泣く俺を慰める会長。 虚勢を張る俺を受け止めるカナタ先輩。 無邪気になつく新垣先輩。 優しく見守ってくれる鈴先輩。 裏切ってもなお、守ろうとする大介。 卑怯ながらも俺を欲してくれたアキ。 ありままで接してくれる恭。 最初の居場所をくれた龍聖のみんな。 みんながいたから今の俺がいる。 葵の優しさに気づける俺が…。 「葵さん…いや、葵にぃ」 「っ…」 「俺やっぱひとを憎むのは苦手だ」 いつだって俺の回りには優しいひとばかりで、いつだって不器用な優しさをくれた。人を憎むのは慣れていない。人を嫌いになるのは慣れていない。それが好きだったひとなら尚更。 葵はそれこそ、今の神楽みたいな存在だった。血の繋がりはないけれど、家族以上に大切な存在。葵も、桃も、俺たちには兄のような存在で、だからこそ…。 「俺、あんたを嫌いになれない」 なれなかった。 あんなにも、嫌いになるように仕向けられ、扱われてきたのに。 「嫌いに、なりたくない」 「…なぜ」 「好きだから」 …今、神楽の眉がぴくりと動いた気がした。 こんな状況でやきもちなんか妬いてんじゃねぇぞ。 「…やり直せないのかな」 「………」 「あの頃みたいに、まんま一緒って訳にはいかないだろうけど、俺は」 やり直したい。 また、あの日々を。
/319ページ

最初のコメントを投稿しよう!