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「そりゃ無理な話や」
ガチャッ、と重たい音が聴こえた。
はっとして振り替えれば、いつの間にこの場にいたのか分からない桃が慣れた構えで銃口をあろうことか神楽の後頭部に突きつけていた。ドクン、と大きく鳴った心臓は鼓動を早め、見開いた目には苦笑いを浮かべ両手をあげる神楽の姿が映る。
「桃、やめて…」
やけに渇いた喉からかろうじて出た言葉に、桃は困ったように笑う。
「やめて言われてやめると思うか?そんな生易しい環境にひぃは今まで逃げ込んでたん?」
「……優しい場所ではあったよ」
「ほうか。そらよかったな。せやけどここはちゃうねん」
よかったな、と言うその表情はとても優しげで、今現在銃口をひとに向けている人とはとても思えないくらい穏やかで、なんだかやるせない。
怒るべきなのに、今すぐにでも神楽と桃の間に割り込んででも銃口を神楽からそらさなきゃいけないのに、桃があまりにもいつもどおりだから安心感してしまう。
絶対に、この人は俺の大事なひとを殺したりはしない。
なんて、根拠のない安心感。そんなわけがないのに。桃は誰よりも依頼に忠実に、確実で高度な成績で仕事をこなしていた。それこそ、顔色ひとつ変えず、いつものあの笑みを浮かべたまま。変わるのは雰囲気だけ。ぞわりと身の毛がよだつような圧倒的雰囲気。
そんな桃を、現当主は俺がまだこの屋敷にいたときも、気に入っていたし信用していた。信用という言葉は使うべきではないかもしれないけど、当然のように桃は誰よりも仕事を回されていた。
そんな桃が絶対に引き金を引かないなんて保証はないのだ。どちらかといえば、引き金を引く確率のほうが高い。
「………」
そこまで考えて、さぁっと血の気が引いた。神楽のことではない。
「桃」
「なん?」
「大介、は?」
「………」
まさか、と嫌な予感ばかりが浮かんでは手にじっとりと汗を握る。
鼓動はあいかわず、はやかった。
「死んだ」
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