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「やれやれ、またか」
マエハラ氏は一人呟いていた。このところ、客が多い。その客の大部分は、団塊の世代とかいう、金も時間もある人たちである。これから老後を過ごそうというまえに、ここにやってくるのだ。
マエハラ氏は雇われの身で、給料も歩合制というわけでもなく、会社が潰れない程度に繁盛していてくれればいいという考えの持ち主だったので、この急がしさにうんざりしていた。
マエハラ氏の前に老夫婦がやってきた。またお客のようである。
「いらっしゃいませ。診断はお済みですか」
「はい、私が82日6時間ほどで、家内が7年と182日15時間ほどということです」
「なるほど。何時間のご希望ですか」
「それですが、家内と私の持ち時間を足して半分にして頂きたいのです。私たちは手持ちも少ないですし」
「わかりました。では、こちらへどうぞ」
マエハラ氏は二人を別の部屋に案内した。そして二人を、太いパイプで繋がったカプセルの中に寝かせると、担当者が怪しげな機械のスイッチを入れた。
するとたちまち電撃のようなものが、二人のカプセルに輝いた。そしてしばらくしてマエハラ氏がカプセルのドアを開いた。
「お加減はいかがですか」
「清々しい気分です」
男性の老人はニッコリと笑いかけた。しかし反面、女性の老人は幾分具合が優れないように見えた。しかし、これは仕方のないことなのだ。
「32万8000円になります。あとこちらが、証明書になります」
マエハラ氏はお金をレジに入れ、厳かな二枚の紙を差し出した。そこには、さっき老夫婦が言った時間の合計の半分が、それぞれ書かれていた。
「ありがとうございます。私たちもできれば時間を買いたいんですが、何分お金がありませんでね。最後くらいは一緒がいいだろうと思いまして」
老夫婦はそう言い残し、満足そうに店をでていった。そののち、マエハラ氏は退社して街にでかけた。
「ううむ、遊びに行きたいが金がないな……そうだ」
マエハラ氏は駆け足で街を走り、「時間買取ます」と書かれた店の前に立った。そして財布から、小型のデジタル時計のようなものを取り出し、時間を確認した。
それには、24年211日11時間32分24秒と映し出されていた。その数値は一秒ごとに、正確に減少している。
「また半年ばかり売るとするか。なぁに、まだ若い。半年くらいの人生より、今の幸福さ」
マエハラ氏はそう言って、店に入っていった。
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