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高校三年生の一月の中頃のことだった。身体中を刺すような寒さが続く中、加奈子は母方の実家に母と二人、必要最低元の荷物を持って向かった。車で一時間の距離ではあったが、遠く、遠く感じた。
加奈子の住む町は海に近い田舎で、その日も海沿いの道を車は走った。冬の荒れた白い海は、彼女の頭の中を埋めつくした。文字通り、頭が真っ白だった。
慢性的な病気を患っており、入院と退院を繰り返している祖母は加奈子と母親を温かく迎えてくれた。玄関の入り口で祖母を前にし、母は泣き腫らした目で力無く、もうやっていけんわ、と漏らした。加奈子は何も言えずに綺麗に掃除されている石張りの床を見ていた。
昨日までは何も問題なんて無かった。目の前に迫ったセンター試験の勉強に追われ、毎日机に向かうのが日課だった。今は勉強だけしていればいい、受験のことだけ考えていればいい。
問題は夕方に起こった。父と母が小競り合いを始めたのだ。父は口下手で、口では勝てないと分かると手が出る人間だった。五十を目前にし、かなり大人しくなったから、暴力喧嘩には発展しないだろう。自分の部屋で勉強でしていた加奈子はそう考えながら、両親の大声を鬱陶しく思った。
母親の叫ぶ声が聞こえた。大声をかき消すようにボリュームを上げて聞いていたCDを上回る声に、加奈子はいい加減にしろよ、と怒鳴ろうとリビングに向かった。勉強を邪魔され苛々もピークだ。少し重いドアを開くと、そこには母に殴りかかろうとする父の姿があった。あの時の父の顔は今思い出してもぞっとするものがある。今まで見たこと無いほどの、怒り狂った般若のような顔だった。
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