3.妻の国、僕たちの国

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横浜での演奏会を終えた後は、本当はホテルに宿泊をして、仕事のない翌日にゆっくりと羽田に戻る予定だった。 それは、その次の日には日本での最終公演、テレビ中継付きの東京での本番が控えているので、できるだけ僕を休ませようとするルドの配慮だった。 でも元ダンナの事があるので、演奏会が終わったその日のうちにシェンカー邸に戻る事にした。 夜中の12時くらいに戻ったので、リビングにはもう誰もいない。 ルドは部屋への階段を昇りながら「明日は俺もいるし、もしダンナとかが来たら力になるぞ」と言ってくれたけど、その人を殴るゼスチャーは止めてくれ。 でもルドがいてくれたら心強い。 僕たちは階段の踊り場で「じゃあ」と別れて、それぞれの部屋に入る。 カチャ 「‥‥」 部屋に入ったけれど、手前の小さなリビングルームは灯りが点いておらず、当然誰もいなかった。 アヤも子供たちと一緒に寝たのかな? 僕は荷物や上着をドサッとソファに置くと、寝室に繋がるフスマをそっと開けた。 薄暗い就寝用の灯りしか点いてない部屋に、子供たちの規則正しい寝息が響く。 はは、よく寝てる。 僕は足音を立てないように中に入るけど、ズラリと敷かれた布団には子供しか寝ていない。 アヤは? 「あ‥‥」 アヤの声がした。 「あぁ、ただいま」 僕は部屋の隅に彼女の姿を発見してホッとして挨拶をした。 「今日は泊まってくるんじゃ‥‥」 ん?声がおかしい。 「いや、帰ることにしたってメール入れたよ」 「‥‥。ごめんなさい。携帯見てなかった」 泣いてた? 僕は彼女の所に進む。 「あ、待って」 彼女は僕を静止したけれど、やっぱり声が泣いてる。 僕は布団群を横切りアヤに近づいた。 クシャカシャッ あっ、足で何か踏んでしまった。 何だ? 僕は灯りを点けるためにリモコンを探す。 「お願い、点けないで」 彼女はそう言うけれど、尋常じゃない雰囲気がして僕は灯りを点けた。 白い灯りが部屋中を照らす。 あっ! 目に飛び込んできた光景に呆然とする。 アヤの周りには、海苔や梅干しや鰹節やらの日本食がいっぱいと、そして日本の一万円札が何枚も散らばっていた。 そして泣き腫らした彼女の顔‥‥。 彼女がそれらを投げ散らかしたのは一目瞭然だった。
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