3.妻の国、僕たちの国

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僕は言う。 「アヤ、お母さんは病気だから仕方がないじゃないか。全て病気が言わせてる事じゃないか」 「わかってる。わかってるけど」 「この荷物だってお母さんの愛情だろ?」 「こんな愛情いらない」 アヤは近くにあった海苔の袋を壁に投げつけた。 「お父さんは私が実家に行くとお母さんが悪くなるって‥‥」 「‥‥」 「もう帰ってくるなって言ってるのよ。別に暖かく迎えてほしいなんて思わない。でもどうして親にまで不倫って言われなきゃならないの?」 「‥‥」 僕は結婚前、彼女が心に離婚の傷を抱えながらも、羽田のマンションで小さなミユとモエを抱えて必死で生活をしていたのを見ている。 不倫の噂はそんな彼女の努力を無にするものだ。 僕は思わず彼女を抱き締めた。 彼女は僕の胸で涙を拭きながら呟く。 「もう日本には帰らない」 「そんな事思ったらダメだよ」 「こんな国‥‥私の国じゃない」 「アヤ」 「私は国を失ってしまったんだわ」 「‥‥」 アヤは静かに泣き続ける。 ‥‥。 彼女の絶望感が伝わってくる。 日本の音楽界での心ない噂。 そしてそれを流したのは、かつて彼女を奈落の底に落とした元ダンナ。 本来彼女を庇うべき彼女の元家族、母親は悲しみの淵にいる彼女を励ますどころか、彼女の存在により病状を悪化させ、そんな母親に手を焼いた父親は彼女に帰って来るなと言う。 両親については仕方ないとは言え、たまらないよな。
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