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「…おい。しっかりしろ」
寒い寒い風の吹く、冬の日だった。
お腹がすいて草むらにへたり込んでいた僕に
1匹の猫が声をかけて来た。
「ちいさいな…おまえ、母ちゃんやきょうだいはどうした」
「…わかんない。いつのまにかひとりになってた」
「そうか…。どこか行くあてはあるのか」
「……ううん」
「……」
「……」
「…おい、ちび。包丁はもっているか」
しばらくの沈黙のあと、その猫は僕に言った。
「?」
「もってないのか…なら、これをつかえ」
そう言って彼は、一本の小さい包丁を取り出した。
ちょっと古ぼけてはいたが、それでもきらりと光っていた。
「おれは…もう、つかえないから」
彼は、ちょっと寂しそうにそうつぶやいた。
よく見ると、彼の体はうっすらと透けているように見えた。
「いいか、これからおしえるにんげんのいえへ行け。
そしてこの包丁をだして、今からいうとおりにしゃべるんだ。
しっかりおぼえろよ。…」
僕は彼から教わったとおりに、人間の家へ行ってこう言ったんだ。
「かっ…かねをだちぇ!」
…その後のセリフを上手く言えたかは、あまりにもハラペコ過ぎて
正直よく覚えていない。
人間は最初目をまあるくして、そのあと目からぽろぽろ水を出して
僕の頭をわしわしなでてくれたのは覚えている。
きみにはまだカリカリは早いな、かんづめとミルクだね、って言って
いっしょにお店へ行ってくれたんだ。
…僕はそのまま、その家の猫になった。
風のぴゅうぴゅう鳴る音を聞くと、あの時のことが思い出されて
ふっと振り返ると、あの猫―先代猫が、小さな四角い枠の中で
すまして座っていた。
あの時もらった包丁は今も、大事に手入れして持っている。
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