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世界が暗転し、兵助は目覚めた。
「――っ!…っは…はぁ…はぁ…」
身体を起こし、自分の手に目をやる。
そこは、血ではなく汗で濡れていた。
こめかみからも冷や汗が伝い、寝間着も汗で濡れて気持ち悪い。
「…着替え、なきゃ」
誰に言うでもなく呟き、予備の寝間着を探す。
素早く袖を通した所で、漸く気付いた。
「勘…ちゃん?」
同室の勘右衛門がいない。
今日は二人とも特に用事があったわけではないので、一緒に床に就いた。
「勘ちゃ…っ」
言い知れぬ不安に襲われる。
先の夢を見たせいかもしれない。
落ち着こうときつく目を閉じた、その時
「兵助?」
自身を呼ぶ声に兵助はハッと目を開けた。
その視線を戸口へと向ける。
「どうかしたの?」
明らかに様子のおかしい兵助を見て、勘右衛門が問う。
そっと兵助の傍に屈み、気遣うように顔を覗き込む。
「かんちゃ…っ、勘ちゃん!」
堪えきれずに流れた涙をそのままに、兵助は勘右衛門に抱きついた。
「大丈夫だよ、兵助。大丈夫だから」
あやすように震える背を撫で、努めて穏やかな声音で囁く。
暫くそうしていれば、腕の中の兵助が呟いた。
「わかってるのに、時々恐くなる」
「……」
勘右衛門は何も答えない。
それでも兵助は続ける。
「夢に見るんだ。赤く染まった世界で、俺の手は血濡れてて…」
視線の先にある手にはもちろん何もない。
けれど、兵助には赤く見えるのだ。
「大丈夫」
勘右衛門は兵助の手に自分のそれを重ねる。
「兵助の手はきれいだよ」
安心させるようにゆっくりと言の葉を紡ぐ。
「…うん」
小さく頷いた兵助は、安堵したのか静かに寝息をたてはじめた。
「おやすみ、兵助」
呟いて、手を月にかざす。
勘右衛門の目にも、やはり見えない筈の赤が見えていた。
end.
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