見えぬ筈の赤

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+++++ 世界が暗転し、兵助は目覚めた。 「――っ!…っは…はぁ…はぁ…」 身体を起こし、自分の手に目をやる。 そこは、血ではなく汗で濡れていた。 こめかみからも冷や汗が伝い、寝間着も汗で濡れて気持ち悪い。 「…着替え、なきゃ」 誰に言うでもなく呟き、予備の寝間着を探す。 素早く袖を通した所で、漸く気付いた。 「勘…ちゃん?」 同室の勘右衛門がいない。 今日は二人とも特に用事があったわけではないので、一緒に床に就いた。 「勘ちゃ…っ」 言い知れぬ不安に襲われる。 先の夢を見たせいかもしれない。 落ち着こうときつく目を閉じた、その時 「兵助?」 自身を呼ぶ声に兵助はハッと目を開けた。 その視線を戸口へと向ける。 「どうかしたの?」 明らかに様子のおかしい兵助を見て、勘右衛門が問う。 そっと兵助の傍に屈み、気遣うように顔を覗き込む。 「かんちゃ…っ、勘ちゃん!」 堪えきれずに流れた涙をそのままに、兵助は勘右衛門に抱きついた。 「大丈夫だよ、兵助。大丈夫だから」 あやすように震える背を撫で、努めて穏やかな声音で囁く。 暫くそうしていれば、腕の中の兵助が呟いた。 「わかってるのに、時々恐くなる」 「……」 勘右衛門は何も答えない。 それでも兵助は続ける。 「夢に見るんだ。赤く染まった世界で、俺の手は血濡れてて…」 視線の先にある手にはもちろん何もない。 けれど、兵助には赤く見えるのだ。 「大丈夫」 勘右衛門は兵助の手に自分のそれを重ねる。 「兵助の手はきれいだよ」 安心させるようにゆっくりと言の葉を紡ぐ。 「…うん」 小さく頷いた兵助は、安堵したのか静かに寝息をたてはじめた。 「おやすみ、兵助」 呟いて、手を月にかざす。 勘右衛門の目にも、やはり見えない筈の赤が見えていた。 end.
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