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「春になると、あなたは見事な桜を咲かせるんだろうな」
青年の口から、白い息と共に期待の言葉が発される。
小生は、当たり前だろう、と枝を騒がせる。
が、小生の言葉が青年には届く訳がない。
「ああ、母にもあなたが咲かすであろう、見事な桜を見せてやりたい……」
青年は、「だから、俺が見せてやるんだ」と呟きながらこの場を去った。
不思議な青年だ。
狩りをするのに、意欲という感情を持ち合わせておらん。
あの時、鹿は自分の話に夢中で、青年の気配など寸分も気付いておらんかった。
にも関わらず、自ら存在を表し、気付かせて逃がした。
青年は、多分替えの弾も持っておらんかった。
狩る気が無いのかは知らんが……。
青年の荷物は、その手に持つ銃のみ。
猟犬も連れておらんかった。
何がしたいのかは小生には解らんが……。
多分、訳有りなんだろう。
小生と会話をし、小生が見た青年は、何よりも無駄な殺生を嫌う筈だ。
……そして、理由は解らんが、青年は明日も此処へ来るだろう。
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