依知川丹蔵

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 三度間を空く殺陣舞台。ハ、と血唾を吐き、手傷を負うた鬼が嘯く。 「中々、威勢の良い踏み込みよ。借りし爪とて爪には違わぬ。否、折れたとて、か」  胸を砕かれど、瓢箪を逆向け奇酒を仰り、大笑高じて血唾を散らす姿は、正しく酒呑童子。丹蔵は槍を引き抜き取りて、戦鬼たる怨十郎に穂先を向けた。 「最早詫びなど要らぬ。己に槍を握らせたこと、閻魔の御前で嘆くが良い!」  吶喚と諸共に腕を引き、左半身の踏み込みを以て突き出す。純然たる突きは其故に最も膂力を通し、徹す。鬼は酒気を増しつも粗雑さは無く、がいんと音を立て大なる殺意の矛先を逸らす。鬼とも拮抗する力は弾かれども痺れを残す。次手を得るは波打つ穂先。引き足で振るう袈裟薙ぎを一寸の間で避け、怨十郎は三度の螺旋斬りへと太刀を疾らす。斬線は地に走り空を向き、丹蔵へ迫る。 「酒に溺れたか、餓鬼め」  迎え撃つ丹蔵は槍を腰だめに構える。払刀は放つ者の機をも殺す。必殺の刺突の機を探り、迫る刃金の前に毅然として立った。太刀の薙ぎと槍の突きでは最早何れが前に、遠くに殺しを成すかは明瞭であった。 「疾く、死ね!」  腰、肩と連なる廻りは槍の柄へと流れ穂先を水平の雷へと変える。螺旋の嵐を突き破り、鬼へと迫るかと見えた槍はしかし、円弧を描いていた筈の刃金に阻まれた。三日月の笑みを浮かべた鬼を幻視した丹蔵は、吹き出る汗を感じ急ぎ払刀に移るが、機は既に怨十郎が捉えて居った。  斬り払う向きを正面へと変え、丹蔵を飛び越える様に蜻蛉返りする怨十郎の大太刀は、丹蔵の右の肩を何物も在らぬかのように通り過ぎ、一滴の朱もその刃に残さぬまま振り裂いた。  背後に立つ鬼を、丹蔵は振り返る事ができぬ。 「叉槍殺しの重嵐、振るうに値する槍持ちはそう世には無く、己が振るうも貴様が初手。槍の取り回しは巧と云うても、殺しの慣れは足りて居らぬ様であったがな」  若し振り向けば、丹蔵の右肩は只の血肉の塊と化し、傷を境に身体から剥がれ落ちて行く。仮令、今は一筋の消ゆるが如き朱であったとしても。 「さア、決死の鬼殺しは何時何時出やるか、待ちくたびれたぞ!」  怨十郎の発破を背に受け、丹蔵は弓手に槍を握り替え、一身散の覚悟と共に振り向いた。  ぞるり、と嘗て肩と呼ばれて居った肉が地に落ち、濁った水音を立てた。
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