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「貴様、一体何物を修めた?」
投擲された疑問を遮り砂煙が殺陣の舞台に舞い込む。観れば、 町辻の人斬りを憂へたか、何処からより駆け付け逐った衛士共が、手に手に槍を取りて二匹の獣を囲み居った。近付かぬより察するに、死に損のうた一匹已を突き伏す心積もりであろう。
然して、怨十郎はそれらより何物かを看取った。
「……深き半身に突きの構え、遊ばぬ弓手……成程、成程。この地獄育ちの腐れ外道に、天道様も粋な真似をするものだ」
鬼は剣閃から意識を外さぬ儘に、大きく背向かいに跳ねる。体の落つ地は衛士共の立ち並ぶ、一町辻のど真ン中。どよめく雑魚共に縦円一閃、血風掃き散らす。太刀を片手に、対の手で敵手の長槍を掴み、人垣を撫で廻す。跳ね飛ぶ首やら腕やらに、絹裂く悲鳴が飛び交い追った。
「放り血なぞは酒の肴よ。そうれ、受け取れ!」
長物を振り被り、剛力に依りて放つ。突き立つは丹蔵の眼前一寸。びいんと揺れた其の槍より、衛士の手首が擦り落ちた。跳ね血が丹蔵の裾に朱の飾りを成す。
奇しくも嘗ての丹蔵の得物と同じく、高波を吐く水面を意匠とす、身の丈同寸の長槍。自らを抜き棄てた愚かな主の元へ、彼の爪牙が戻り来た。盗人へ堕ちた丹蔵は、雑多怫起する情を眼中に押し込む。
総ては二つ。
握るか、握らぬか。
然して、血泥に塗れた殺陣舞台に情を検見する間など無い。鬼の酒も揚々に回り、太刀を担いで揺らぎ居りつつ、研ぎ澄まされた殺意を飛ばす。
堕して落ちた身に衛士の魂魄たる長槍を握る道理も無く、なれど、道理を殺して無理を突き刺し、余情を斬って奪命を成すが無頼の業。
そして、丹蔵は、手を、延ばした。
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