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男はそこに立っている。
自分の置かれた状況を把握しようと、必死に脳を回転させたが、今の状況を把握するような情報は、自分の頭の引き出しには入っていなかった。
無理もない。男の頭は正常に働くような状況ではなかったし、たとえ思い出したとしても、意識が無くなるまでの短時間で答えにいきつくことはできなかっただろう。
今日は、身にしみるような寒さであるはずなのに、男の腹部はじんわりと熱を帯び、刺すような痛みがさらにそれを増幅させる。ぬるりと暖かい液体が滲み出て、新しく買った白いシャツをどす黒く染めていた。
それが自分の血液だと理解するまでに、そう時間はかからなかった。痛み、暖かい液体、目の前で拳銃を構える人間、それを組み合わせれば、自分は撃たれたのだと考えるのが普通だからだ。
「あなたは、知らなくて良い事まで知りすぎた」
拳銃を構える人間は、そう呟き、落ち着いた様子で男を見ていた。
やはり、自分は撃たれたのだ。
だが、なぜ撃たれたのか。それがわからない。自分が警官だからだろうか、誰かの怨みを買うようなことを知らない内にしていたのだろうか、いや、もしそうだとしても、ベレッタなんて拳銃を手に入れることはそうそう出来ない。ましてや、人を撃ってこんなにも落ち着いている人間を、男は見たことがなかった。
大抵の人間は、震え、怯え、恐怖し、自分がしてしまった罪への負い目を多少なりとも感じる。しかし、目の前の人間は静かに佇んだまま、微動だにしなかった。
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