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「……! おい?」
突然、ベンチに座っていた彼女が、横にあった巾着袋を手に取り、読んでいた本を小脇に抱えて、ベンチから立ち上がったのだ。
「待てって!」
そのまま俺の横を通り過ぎようとする彼女の白く小さな手を、俺は思わず掴んでしまう。
彼女の手……細く、ちょっとでも力を入れたら簡単に折れてしまいそうなくらい小さなその手は、驚くほど冷たかった。
そりゃそうだ……。彼女はこの寒空の下に、たった一人でここに居たんだから。
想像したくもない光景が、ありありと浮かんでしまう。金曜日だけじゃない。木曜日も、水曜日も、それより前の日々だって、俺の想像する彼女はずっと、独りだった。
「どこ行くんだ?」
「……だって」
おずおずとこっちに振り返った彼女は、下を向いたまま、沈んだ表情で言葉を継いだ。
「ここにいたら、あなたの迷惑になるから……」
彼女の言葉を、こんなにじっくりと聴いたのは初めてだった。小さいけど、よく通る。淀みの無い澄んだ声。だけど、やっぱり悲しみは拭えていない。
「迷惑……なんかじゃねえよ」
彼女の目を見ないようにして、俺は言った。冷たい手を、包み込むように握りなおして、俺は彼女を引き寄せる。抵抗なんて欠片も見せずに、彼女の身体は素直に戻ってくる。
「座れよ。俺も、隣に座るから」
もう十分、彼女の存在は確認したはずなのに、知りたいと思う感情は、むしろ増幅していた。
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