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数分後、ようやくハンカチをしまった凪央さんは、「ごめんなさい」と開口一番言い放った。
「この通り、大丈夫ですから。謝らないでくださいよ」
「でも……」
「俺が寝てる時も、そうやって頭下げてくれてたんですよね?」
「え?」
「さっき、姉ちゃんに聞いたんです」
凪央さんの表情が、さらに沈んだ。
「……そう」
外で、エリーゼのためにが流れている。誰かがナースコールを押した時に、病棟の受付から聞こえるこのメロディーも、もう慣れた。
しばらくすると凪央さんも落ち着いたようで、さっきの姉ちゃんのように俺の知らない光景を語ってくれた。
「あの時、お隣の大学生の大声が聞こえたから、玄関に向かったの。そしたらね、レイ君が倒れてて、玄関が血塗れで……」
日高和敏は、大学生に取り押さえられたまま抵抗をしなかったらしい。凪央さんの語る内容は、恐ろしいくらい鮮明に頭のビジョンに再生された。
「すぐに警察と救急車を呼んだ。レイ君、かなり危険な状態だったのよ?」
「え? そうだったんですか?」
「うん。臓器などに損傷はなかったんだけど、出血がひどくて……。病院に搬送された時、院内の血液じゃ足りないから、誰かから輸血する必要があったのよ」
初めて聞いたことだ。
「誰なんです? 輸血してくれた人って」
何気なく訊いた。確か姉ちゃんとは、血液型が一緒だっけか。
「……冬萌よ」
――冬萌が?
凪央さんは、それ以上何も言わなかった。シンと静まりかえった室内の中、俺は、ただただあっけにとられる思いで、最愛の人の真っ白な笑顔を思い浮べていた。
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