3071人が本棚に入れています
本棚に追加
/552ページ
俺は、今見えている光景が、にわかに信じられなかった。
こんな場所に、俺以外の奴が居たなんて……という驚きもあるのだけれど、それ以上に……俺には、その光景があまりにも幻想的だったからだ。
それはまるで、よくできた絵の様だった。
ベンチに一人佇む女の子。その後ろの枯れた木々、さらにその彼方に広がる曇天……全てが、額に納まった一枚の絵を連想させた。
俺は、知らず知らずのうちに足を進めていた。
出口ではなく、その少し横に逸れた、女の子の元へと……。
ここは、寂れた中庭。取り立てて目立つような物もない。その上に、今はどんな歌人も悲観しか詠みそうにない、重苦しい天気だ。
彼女は、そんな殺風景を、芸術に昇華したんだ。
大げさな表現なんだろう。だけど、少なくとも今の俺は、心からそう思うことが出来た。
知りたい……。好奇心とも探求心ともつかないこの感情を引き連れ、俺は彼女の方へとゆっくり歩み寄る。
彼女は本を読んでいるようだった。
「……!」
思わず、立ち止まってしまう。
声が出そうだった。『綺麗……』と。
遠目からは分からなかったけど、近くから見る、本を読む彼女の少し俯いた表情は、周りの風景なんていらない。それだけで、一個の作品のようだった。
物憂げな、それでいて一つの世界に集中している表情は、他の何にも形容できない。ただただ、美しかった。
ふと、風で落ち葉が舞う。その拍子に、彼女が表情を上げた。
そして、俺の視線が……初めて彼女と視線が重なる。
最初のコメントを投稿しよう!