奇談序章

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「ぎゃはははは!往生際が悪い女じゃのう!」 「はあええ加減に諦めえや!」 Y県の玄関と呼ばれるo町の駅前、髪の毛を振り乱して必死の逃走を試みる女と、それを狂気と欲望に満ちた下卑た笑いで追いかける二人の男。 駅前と言っても、夜十時を過ぎれば、現代のように人通りが有るわけではない。街灯の普及数も乏しく、勿論コンビニエンスストアー等は存在しない。 奇跡的な偶然しか、この哀れな女を救えないだろう。 三百メートルは逃げただろうか、当時の地方駅としてはかなり大きめなO町の駅の、機関庫に女は逃げ込んだ。 激しく乱れる呼吸を無理矢理抑えながら、女は今は使われていない、展示用の蒸気機関車の中に身を潜めて、二匹の野獣をやり過ごそうとした。 「あんなぁ、面倒臭い所に入りやがったのう!」 「まあええ!時間はよけぇあるし、ここじゃったら邪魔するもんもおらんわ!」 「ぎゃはは!そりゃそうじゃ!」 「面倒かけられた分、ぶちやりあげちゃるわ!」 男達は自分勝手な理由をつけながら、数ある車両を手際よく尚且つ精力的に捜す。 ほどなく、逃走の甲斐なく女は見つかった。近づいて来る男の足音の恐怖に耐えかね、更なる逃走を試みたのが裏目に出てしまったようだ。 「いやぁ!やめてぇ!やめてぇやぁ!」 「うるさいわ!ボケが!顏、めがれてもええんか!?」 「観念せえっちゅうんじゃ!この腐れメンタが!」 白い綿のブラウスと下着が、同時に勢いよく引き裂かれて、月明かりに照らされた乳房があらわになる。 その時 最初に、女の上半身を頭の側から押さえていた男が異変に気付いた。 「おい!なんかこりゃあ!?この女、変なで!」 女の両腕の肘の辺りを、鷲掴みに押さえていた男の指が夜の闇よりも黒く染まり、そのまま見る間に肘を染め、突然の恐怖に凍りつく首筋までを染め尽くす。 二人の男の断末魔が響き渡り、さっき迄の騒ぎが嘘のような静寂に変わる。 女は、哀れな犠牲者の筈だった女は、先程迄とはうってかわった妖艶な眼差しで、逆に犠牲者になった二人の男を一瞥すると、静かな、しかししっかりした足取りで、何処ともなく去って行った。
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