掌の月

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湖の上には相変わらずの丸い月。 そして、湖の中にもそれに負けないよう、虚像ながらも輝く半分の月があった。 「あなた、どうしたの?」 急に自分の真下から声がした。 僕が呆けている間に少女が近づき、しゃがみこんでいたのだ。 「さっきから上の空で、大丈夫?」 僕の顔を覗き込んでくる少女に、僕はあわてて「大丈夫」と言い返した。 「そう、よかった。」 少女は僕の返答に満足げな表情を浮かべながら、屈めていた体を起こした。 比べてみると分かるが、少女の背丈は思ったより小さい。 風に晒した足から地面に伸びる影が、その小さな体を何倍も大きく見せていた。 「それで、あなた、わからない?」 「えっ?」 「だから、アレ。」 呆けていた僕の返事を聞くか聞かないか、少女はまたもや琥珀の月へと指を伸ばしていた。 「こうしていると掴めそうなのに、どうやっても届かないの。」 少女は手のひらを開いて、閉じた。 だが、その手の中には夜の冷えた空気しか入ってはいなかった。 「どうやったら、掴めると思う?」 僕のほうに振り向いた少女が見せたのは、とても哀しげな顔だった。 「えっ・・・。」 その表情は、僕だけでなく周りの空気すらをも不安にさせるものであったに違いない。 そんなある種の魅力が、その中にはあった。 「・・・大丈夫だよ。」 「え?」 その魅力、とでも言ったものに憑かれたのか、僕は言うなり、少女の背のほうにある湖に歩き出していた。 「どうしたの?」 少女は、僕の行動に困惑しながらも着いてきた。 「ほら、これでどう?」 「これって?」 「月。」 僕は、両の掌に入った許容量ギリギリまで入った湖水と、その中に移る琥珀の円を少女に差し出した。 「これじゃ、駄目かな?」 少女は少し黙って、僕の掌に視線を固定した。 そして、すこし間を空けてから、その中へと人差し指を差し込んだ。 「冷たい。」 「それはね。」 僕らは琥珀が消えるように掌を覗き込んで、笑い合っていた。
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