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本は、長い時間雨風に晒されていたようだ。
紙の色が黄色く変色して、ぼろぼろになってしまっている。
いつから・・・家の物置にあったのか。
それは考えても、わからないかもしれないことだが、とにかく、この本には、僕を惹きつける、何かが、ある。
僕は幾度となく、家の者にも、近所の者にも、この本のことを聞いたが、一向に鍵は見つからなかった。
中には、何が書かれているんだろう?
誰かの日記、だろうか。
それとも、切ない詩か、恋愛小説だろうか。
推理小説や、ホラー小説なのかもしれない。
もちろんSF小説の可能性だってある。
絵がたくさん描かれているのかもしれないし、譜面がたくさんあるのかもしれない。
もしかしたら、誰かの夢が語られているのかもしれない。
箱の中の猫の様に、開けて中身を確かめるまで、この本の中身は確定しない。
僕は妙な高揚感を覚えている。
・・・この鍵を、鍵屋に頼めば、開けるのは簡単だ。
だけど、それは、この本に対して、フェアではないような、そういう気がした。
それに、僕の気持ちに対しても、それは裏切り行為のように感じられた。
僕は毎晩本の中身を想像した。
本は僕の期待に応えるかのように、様々な夢を見させてくれた。
ある日、僕はふと、本の中身に気が付いてしまった。
そう、真相は、そういうことだったのだ。
本が、僕に様々な夢を見させてくれる理由。
それはそういうことだったのだ。
だから、この本は、長い、とても長い時の中で、誰に鍵を開けられるでもなく、誰かの手から、誰かの手へと渡って、僕の元へ、やってきたのだ。
そうか、そう・・・なのか。
そして、この本も、そろそろ死期が近い。
その生涯を終える時期が、近い。
僕には、わかる。なんとなくだけど。
たくさんの夢を運んできた、この本も、僕のところでその生涯を終える。
そういう感じがする。
わかるんだ。本当に。
だから、この本の夢を・・・
次の世代に、託すのは、そう・・・
僕の、仕事だ。
僕は、次の日、本屋へ向かった。
僕にはわかるんだ。
僕の仕事だから。
タイトルの無い、鍵付きの本が、一冊だけ、売っていることを。
その日、僕は、崩れて半分、砂になってしまった、古い、古い、僕の愛しい本とともに、眠りについた。
使用文字数:1302文字
作者:紅蓮の猫
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