君がやってきた。

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あの日から、僕の家の冷蔵庫にはずっとカクテルの材料が常備されるようになった。 裕貴とは何の連絡先も交換していないし、わかっているのは彼の呼び名と、彼が僕の家を知っていることだけ。 でも、ただの口約束しかしてないけれど、僕は、裕貴はきっとすぐにまた来ると確信めいた感情を抱いていた。 しまい込まれた材料たちはきちんと並んでかしこまったまま、使ってもらえるときを待っていた。 案の定、二週間後の日曜日に裕貴はやってきた。また雨の降っている夜だった。傘もささないでいたらしく、毛先からぽたぽたと滴が垂れている。 「来ちゃった、」 開けたドアの前でそう言った彼は、笑おうとでもしたのか微かに口の端を震わせたけど、笑顔にはなれてなかった。 僕はすぐに中に迎え入れてタオルを渡す。いくら初夏だといったって、濡れたら体が冷えるのに変わりはない。 「ねえ、まずシャワー浴びて来なよ。風邪引くよ」 「うん」 おとなしく浴室に向かった彼を見送って、濡れたボストンバッグを拾い上げた。雨水が中まで染みていないか心配だったけれど、開けるわけには行かないから表面だけ拭いておく。 シャワーの音が聞こえなくなったから冷蔵庫からカクテルを取り出した。裕貴が飲みたいだろうから、強めのギムレットを作る。 「ありがと…」 「ギムレット、飲む?」 「……うん」 自棄になったように裕貴は立ったままギムレットをあおる。ほんのりと涙が目に溜まっていた。 「座りなよ」 彼の手を引いてソファに座らせた。 僕は立ち上がってまだ濡れている髪をタオルで包む。さらさらした髪の毛の水分を拭き取りながら、こまごまと世話を焼く母親みたいだ、と自分でも思った。 「……ねえ、直樹、おれをここに住まわせてくれない?」 「いいよ」 何も躊躇わずにすぐ返事したら、裕貴の方が驚いていた。かまわずに僕は彼の頭を拭き続ける。 「ほんとにいいの?」 「うん」 「なんにも聞かないの?」 「僕からは聞かない。だって裕貴は話したくなさそうだし、無理矢理聞くのはおかしいでしょう。話したくなったら教えてくれればいいよ」 「うん、……ありがとう」 俯いている彼の表情は見えなかったけれど、ズボンに小さく染みができたから、きっと泣いていたのだろう。
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