19人が本棚に入れています
本棚に追加
酒の力だってあったのかもしれないけれど、その後すっかり僕と裕貴は打ち解けて色々な話をした。
たとえばグラスに添えられたレモンのことだったり、音楽の好みについてだったり、雨上がりに輝く水溜まりのことだったり。
そんな取り留めもないようなことばかりだったけれど、確かに楽しさはあった。
それでも、賑やかに盛り上がったわけではない。酒を飲む合間に交わす静かな会話は、とても雨の日の穏やかな雰囲気に似合っていたと思う。
汗をかいていたグラスが乾くくらいの時間は経っただろうか。店と同じくらい年取ったマスターが、僕らの会話が途切れた頃を見て呟く。
「雨が上がったみたいですね」
窓からすっかり暗くなった外を見ると確かに雨は止んでいた。でもまだ雲はかかっているのか、星は見えない。
裕貴はそっと俯くと言った。
「おれ、雨宿りだけのつもりだったけど、まだ帰りたくないなあ」
「なぜ?」
「言わせるんだ、直樹。わかってるくせに」
「僕はエスパーじゃないから、口に出して言われないとわからないよ」
彼はため息を吐いた。酔いか照れか、頬がほんのりと赤く染まっていて、すごく綺麗だ。
それから諦めたように睫毛を持ち上げて少し笑う。
最初のコメントを投稿しよう!