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がちゃりと脱衣場のドアが開いた音がした。
バスタオルを手に持って裕貴がぺたぺたと歩いてくる。少し長めの毛先が歩調に合わせて揺れた。髪は乾いていたけれど、まだ少し頬が上気している。
「直樹ー、ドライヤーも借りたよ」
「ああ、うん」
結局読み終わらなかった本を閉じて置いた。彼は荷物を適当に纏めている。小さい鞄ひとつだけの片付けはすぐに終わった。
「そろそろおれ、帰るね。色々楽しかったよ。ありがとう」
「……僕もだよ」
「そう、よかった。ねえ、……また、泊まりに来てもいい?」
裕貴からのいきなりの申し出に、僕は少しびっくりしたけれど、すぐに頷く。
「いいよ、裕貴なら」
自分から持ちかけておいて、切なそうな泣きそうな、そんな表情を浮かべた彼に向かって、言葉を繋げた。
「もっといろんな顔が見たいなあ、と思ったんだよ」
「え、?」
「裕貴のこと、もっと知りたいなって思ったんだ。ねえ、きっとまた泊まりに来て」
黙ってそっと差し出された小指に、僕のも絡めた。
男二人が指切りをしているシュールな画だったけれど、裕貴が嬉しそうに笑っていたからきっと良かったんだろう。
「じゃあ、また、ね。ばいばい直樹」
ひらひらと手を振って出ていった彼に小さく手を振り返す。窓から人影が見えなくなってしまうまでふわふわした気分で見ていた。
見つめていた背中が消えて、蓋の外れたマンホールみたいな心を埋めるために、冷蔵庫に一本だけ残っていたビールを飲み込んだ。しっとりとした苦みが、やわらかく心に残った。
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