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僕たちはいつだって、
曖昧な現実にいるみたいだ。
明日はどうにかなるだろう、と楽天的に考える反面、
本当は夢をみたいのに見ることが怖いのだ。
僕は、彼を羨ましく思った。
煙の匂いが鼻の奥でくすぶっている。差し出されたお茶を含んでもたいした味がしなかったのに、煙の匂いは鋭角で、ただつんとした。正座をした体がかちりと固まって動かずにいて、着慣れたスーツもなにか別の服のように肌がひくひくした。僕は窓から差し込む白んだ光を感じながら、信じられないくらい腑抜けた顔をしていたのだろう。横に座っていた遠藤とも言葉を殆ど交わさなかった。
「すみません、わざわざ遠くから来ていただいて」
ありがとうございます、と頭を下げた小柄な女性の瞳には覚えがあって、鼻で息をはきながら ありがとうございます、と弱く言った。
「進も喜んでると思いますよ」
僕は、彼女と最後まできちんと目を合わさなかった。
街路沿いのベンチに座って、携帯電話をひらいた。夜闇に眩む画面の光。着信履歴の一番上に彼の名前を、スクリーンを反転させて眺めていた。
僕の電話のなかでだけ彼が生きていて気持ちが悪かった。肉声とはよく言ったもの、生々しく呼吸していてその体温が耳元にかかる。あの日の僕へ何度も何度も引き戻されているのだ。まるで僕を後退させるように。生まれ変わらせない為に。羽化しかけた蛹をラップでくるむように。息を吸うための穴を塞がれたように。
体の底からひやりとしている。首を折って、持っている缶ビールを空にした。
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