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しかし、こうなっては仕方ない。
私は、内心を押し隠して男に会釈した。
「……キルケゴールです」
「キルケゴールさんは、キルケゴールって呼ぶと嫌がるんですよ」
少年は、無邪気な声で男に言った。
なんで、そういう事を見知らぬ他人に言うのだ。
私は強い苛立ちと焦りで息が詰まった。
その隙に少年は言葉を続ける。
「おかしいでしょう?キルケゴール。良い名前なのに」
キルケゴールとは、“教会の中庭”という意味である。
それはつまり、“墓地”の事だ。
「……キルケゴールがそんなに良い名前ですか?」
私は、やっとそれだけ言った。
「聖職者らしい名前ではある」
男は笑う。
「どうも。……それで、学生さんがどうしてこんな辺境の村に?大学なんてここらにはありませんよ」
この辺りは、大陸の西の外れである。辺境といって良い。
もっと東の方か、北へ向かって国境を越えなければ、大学などはない。
「いや、そこの森の外れに知り合いが居てね。コニー・クリステンセンという婆さんなんだが」
『コニー・クリステンセン?』
異口同音にそう言って、私は少年と顔を見合わせた。
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