猫と飼い主のはなし

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猫と飼い主のはなし

車を飛ばしてもらって数十分。たどり着いたのは大きな大きな家。家っていうより屋敷。 でっかい建物にでっかい門。 見慣れた建物が、視界に広がる。 「はーやーく、あーけーてー」 無駄にピンポン連打してみる。 幼い頃からここで育ったおかげで顔パスだから、門を飛び越えて入ってもいいんだけど、残念ながら門から屋敷までも距離がある。 だったら、インターホン鳴らして俺が帰ってきたことを屋敷中に知らせた方がいい。そしたら、あいつの意識は自然とさつきから俺に向くだろう。 さつきにも、伝わるはずだ。 「俺がおじさんの相手してやるから、お前はさっさとさつきんとこ行けよ。不本意極まりないけど」 「言われなくても分かってますー。あいついなくても俺はいつだってさつきに一直線ですー」 まぁ、あいつを相手してくれるのめっちゃ助かるんだけど。 門が開いた瞬間、孝宏は思いっきりアクセルを踏み込んだ。私有地だから法定速度とか関係ないし、とりあえず一刻も早く屋敷につきたいのは俺も孝宏も同じ気持ちらしい。 ***** 「ただいま戻りました」 「お邪魔しております」 屋敷に入って初っ端、この家の主に出くわした。頭を小さく下げ、100パーセントの愛想笑いを向けてみる。 「……はっ」 はーい、清々しい程の嘲笑をいただきましたー!ありがとうございまーす!毎度のことながら腹立つ顔がお上手ですねー!!! 「テル」 「…こほん、俺は用事があるので早々に失礼いたします」 イライラを感じ取ったのか、孝宏に止められた。 分かってんよ、さすがにこのオッサンに喧嘩は売らないよ、利どころか損しかしねぇわ。でも腹立つのは仕方なくない? これ以上ここにいても腹しか立たないので早々に離脱する。 いやー久しぶりに会ったけどやっぱ好きになれないわ。無理だわ。なんでだろう、ほんとにさつきと血繋がってんのか疑っちゃうレベル。 イライラしつつも、それとは別に1週間ぶりの再会で心は踊る。全寮制って不便だな。別に通おうと思えば通える距離なのに。 そんなことを考えながら目的の部屋へとたどり着く。間髪入れることなくその扉をノックした。 「……」 予想はしていたけど返事はない。 施錠もしていないから、堂々と入るけども。 入った部屋は真っ暗だった。 だだっ広い部屋に、シンプルな家具がバランスよく配置されている。完全外向きのための部屋。 もいっこ奥にあるふたつの部屋。 ひとつはサツキの研究室。メカオタクをこじらせたあいつが、作りたいものを作るための部屋。 もひとつは、寝室。 あのおっさんに会ってさすがに創作意欲は湧かないだろう。案の定寝室の扉をくぐれば、ベッド上の寝具がこんもり盛り上がっている。 「さつき」 「遅い」 名前を呼べば、毛布でくぐもったお怒りの声で即答された。そんなに怒るなら朝のうちに呼び戻してくれよとは思えど口には出さない。 朝は大丈夫だったんだろう。 たぶん。 途中でだめになったんだろう。 いつものように。 「ごめんね」 「許さない」 相も変わらず弱っていようが言葉は強気で思わず苦笑いをこぼした。 嫌よ嫌よもなんとやら、なんて、あまりあてにはならないけれど、この状態のさつきはまさしくそれだ。 ゆっくりとベッドに近づき、無遠慮に毛布へ潜り込む。ゴソゴソと毛布をかきわけながら、その手はしばらくして暖かい体温に行き着いた。 「遅いよ、呼ぶの」 「……」 両手で顔をつつみ、暗闇の中でさつきと向き合う。顔ははっきりとは見えないけど、夜目に強い俺の目にはボロボロになったさつきの顔が見えていた。泣いてはいないみたい。 でもこんなになるまで予定の時間まで待つなんて、馬鹿じゃないのかと思うけどなんせ初めてでもないし、言ったところで聞きやしない。 「テルは学校があるでしょ…」 「関係ないよ。こういう時はすぐ呼んでって何回も言ってる」 あ、泣いた。 真顔のまま、大きな瞳からポロポロと雫がこぼれ落ちる。 濡れた頬を拭うように、袖をあてがった。鼻水は出てないようでなにより。そのまま、呼吸を邪魔しないように、小さく縮こまっている身体を抱きしめた。 「なに言われたかなんて聞かないけど」 「っ、」 「お願いだからそんなふうに1人で耐えないでよ」 ひとりで我慢するから、1人にさせるのは嫌だった。 そんな俺の想いは無視して、さつきは俺をここから追い出した。ちょくちょく帰省するけど、こんな状態初めてじゃない。何回もある。いい加減、俺を家に戻してくれたらいいのに、さつきは首を縦に振らない。 こうやって、ひとりで我慢ばっかりしている。 「…テル」 「ん」 「おかえり…」 「ただいま」 ようやく聞けたその言葉に、笑みを浮かべて頬にキスを落とす。涙で濡れたそこは少し塩っぱくて、少し絆されていた心に怒りの色が戻ってくる。 今回は何を言いやがったんだあのクソヤロー。 聞かないと言ったから、話題をそっちに振ることもしないけど、分からぬまま、とりあえずさつきを泣かした罪であいつへの嫌悪感は日々募っていくばかりだ。 無意識にイライラしてしまう。それを悟らせないように、なにか違う話題をと考えている間に、さつきから問われた。 「学校楽しい?」 「ん?うーん、まぁ大変だけど楽しいよ」 「それならよかった」 「さつきが、同じ学校ならもっと楽しいんだろうけどね」 「ふふ、それは本当に楽しそう」 いつの間にか涙は止まっていて、クスクスと小さく笑うさつきに安堵する。 いや、自分で言ったことだけどあそこにさつきを通わせるなんて絶対したくないけどね。女がいないから、男対象が当たり前になってるけど、さつきみたいな女の子が放り込まれたら何されるか分かったもんじゃない。例え共学だったとしても、俺がさつきを気にしすぎてまともに学園生活なんて送れない。 「私も、テルと一緒にいたいなぁ…」 想像するように、目を閉じて、その唇は僅かに笑みを描いていた。 「テルと一緒にご飯食べたり、授業さぼったり、学園祭とか体育祭とか参加できたら、すごい楽しいんだろうな」 サツキが、それを望むというのなら。 「学園祭とかは無理だけど、一緒にいたいなら俺をこの家に戻してくれてもいいのでは?」 「…それはダメ」 断られた。 なんでって聞いても教えてくれない。そんなの分かってるが、つい反射的になんでだと問い詰めたくなる。こういう状態の時は尚更。 しかしそれではいけない。 俺は、サツキを責めるために帰ってきた訳では無いのだから。 「、じゃあ今年の学祭見に来てよ。頑張るから」 言葉を飲み込んで、サツキの目を覗き込む。 笑ってて欲しい。 せめて、俺がいる間だけでも。 「今年は行くわよ」 「約束ね」 「うん、約束」 目を合わせて、2人で笑う。 去年は誰かさんのせいでサツキは家に籠城していて、来てくれなかった。俺の女装姿見たいって言ってたからはりきったのに、友人たちに笑われて終わった。 光とケイちゃんと他の親衛隊の子達は褒めてたけど。 とりあえずこの週末はサツキを笑わせることに専念しよう。孝宏を使ってでも楽しませることに集中しよう。 あのオッサンなんて思い出す暇がないくらい、楽しい思いをさせるなんて朝飯前だ。 ***** コンコンと控えめなノックが聞こえた。 サツキは眠っていて、気づいてもいない。ノックの仕方と足音からしておそらく孝之だろう。 起こさないようにそーっとベッドから抜け出し、部屋の扉へ向かう。 「…サツキは?」 「寝てるよ」 扉を開ければ予想通りの人物。 出てきたのが俺だったのが気に食わないらしく、露骨に顔を歪められた。話し声で起こしてしまわないように部屋から出て、廊下で話を続ける。 まぁ、あの様子じゃしばらく起きないだろうけど。 「大丈夫そうか?」 「大丈夫。泣いたし、笑ってたし。…あいつは?」 「仕事っつって出てったよ。話し相手してた俺への労いは?」 「ご苦労」 「まじで殴るぞ」 誰が食らうか、へぼパンチなんて。 嘲笑を意識して笑ってやると、深々とため息をつかれた。 「で?予定通り、お前は日曜日の夜に向こうにつけばいいのか?」 「そうだね。最悪月曜日の早朝でもいいけど」 「無理だろ、サツキがどのくらいごねるかなんて分かんねぇんだから。学校はちゃんと行け」 「言われなくとも」 学校に行く。 それは、サツキとの約束のひとつだったりする。 なんやかんやの事情もあり、義務教育をすべてスキップした俺は、今回のこの学園生活が生まれて初めての学校生活なのだ。初手から全寮制とかハードゲームすぎるだろ、と思わなくもないが今更文句言ったって仕方ない。 学校自体は楽しいし、友達もできた。 色々忙しかったり大変なこともあるけど、まぁこれも学園生活の醍醐味だろうと今では受け入れている。 「成績は問題ねぇだろうな?」 「まったくもって問題ございませんね」 高校卒業までの勉強はある程度、サツキと孝宏に教えて貰っていた。から、今の授業内容は復習みたいな感覚で聞いている。ので、聞いていなくてもすっかり忘れてるところでなければ問題はないのだけれど、出席日数だとか教師の評判だとか、まわりの生徒の目だとか気にしていると、そう頻繁にはサボれない。 「てか何か用があったんじゃないの?」 「夕飯。準備できてるらしいけどどうすんのかって聞きに来た。サツキ寝てんだろ?」 「そーだねー。サツキと一緒に食べるから今はいらないかな。そう伝えといて」 「俺はここの雇われじゃねーっつーの」 なんて文句言いながらも、去っていく孝宏は伝えにいくのだろう。 ありがたいことこの上ない。 わりと本気で、今はサツキから離れたくないので俺はありがたーく、部屋に再び籠るのであった。
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