猫とカメコのはなし

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猫とカメコのはなし

シャッターチャンスを狙っている。 静寂に包まれた早朝の寮。 一時間前まで星が見えていた空にはうっすら太陽光が差し込み、暗闇に溶け込んでいた山々に影を落としはじめている。 窓からゆっくりと射し込む光に目を細め、気だるい身体を襲う眠気に抗いながらも、僕の手に構えたカメラはしっかりととあるドアへ向けられていた。 この学園の寮には、生徒会会員専用フロアというものがあり、その最奥には歴代生徒会長に割り振られる特別室がある。まず、その専用フロアに入るには特別なカードキーが必要だし、監視カメラも備わってるし、潜入困難と言われていた。 ゴミ一つ落ちていない程完璧に清掃されたその廊下には、いかにも高そうな壺だったり絵画だったり、生け花などがひっそりと装飾されている。 うっかり割ったり壊したりしたものなら、この先僕の人生は真っ逆さまに落ちてしまうだろう。もちろん、このフロアに不正侵入したことがバレてしまえば、僕のこの学園生活は終わりだ。 こんなリスクをおかしてまで、僕にはどうしても撮りたいものがある。 これは新聞部としての意地だ誇りだ使命だ。 この学園の誰もが注目する生徒会長の恋人を激写することができたなら、僕は一躍ヒーローとなれるであろう。その後に起こるであろう学園の騒動なんて知ったこっちゃない。なぜなら僕は新聞部だから。スクープをおさえてこそ、僕の存在意義があるってものだ。 会長との秘密の時間を過ごし、人目をしのんでこのフロアから抜け出すとしたらこの時間だろうと踏んでいた。 会長が、昨夜誰かを部屋に呼んだという情報も掴んでいた。 しかも、その相手をこのフロアにいれるためにわざわざ夜中に入口まで迎えに行ったということも分かっていた。 相手は分からない。 顔を深く被ったフードで隠していたらしい。 だから、期待していた。 今日の号外は馬鹿みたいに売れるぞ、と。 写真を撮ったら、ダッシュで部室へ走り逃げる。 出してしまえばこっちのものだ。 陽の光が完全に窓から廊下を照らし始め、山々の緑が輝き出したその時、狙っていた扉はガチャリとロック解除の音を鳴らす。 緊張感が心臓を鳴らす。 それでも手はブレないようしっかりカメラを構える。 開かれた扉から出てきた小柄な少年。 見送るために会長も扉を支え、少年を見下ろしている。 男の僕から見ても美しい顔立ちだ。 そして、これ以上にないシャッターチャンスだ。 あとは、相手がフードさえ取れば……! 「お邪魔しました」 「………………」 「会長と一緒にいれる時間が増えるので、俺としては大変ありがたいことなんですが……でも、こんな早朝まで離してもらえないと学校生活にも響きますし、溜め込みすぎる前に俺を呼んでくださいね」 「……悪い」 「いいえ。会長も寝てないんだし、今からでもゆっくり寝てください。それじゃ、失礼します」 ぺこり、と頭を下げた頭が上がった時、勢いでそのフードは背中へ落ちた。 少年の顔があらわになったその瞬間。 「っ……!」 僕はシャッターをきることも忘れ、その場に膝をついて、文字通り崩れ落ちた。 申し訳なさそうに少年に謝罪し扉を閉める会長を最後まで見つめ、少年は扉が閉まったのを確認すると、くるりと身を翻し、その目をまっすぐ僕に向けてきた。 (やっぱり、バレてるのか……) もう限界だ。 今日の号外はナシだ。ヒーローなんて、僕になれるわけもなかったのだ。 どっと眠気と疲労感が身体を襲ってくる感覚。もうこの廊下で今すぐにでも眠ってしまいたい……。 「こんな朝早くから部活動おつかれさまです。カメコ先輩」 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべる少年。フワフワの黒髪に、瞳は大きく、少しだけツリ目。会長ほどではないが、学園の中でも整った顔立ちをしているその天使の面した悪魔は、追い打ちをかけるように崩れ落ちている僕に手を差し出した。 「良いスクープは撮れましたか?」 「撮れませんでしたッッ!!」 眠気が限界の僕に煽り耐性など皆無。 怒号に近い叫びをあげて、苛立つままにその手をとった。 会長のお相手であるその少年は、会長の恋人でもなんでもなく、しかし会長の部屋にいることなんて何ら珍しくもなく、僕ら新聞部のスクープをことごとく壊して回る親衛隊統括のリーダー、神宮寺輝(ジングウジテル)。 「カメコ先輩もちょっとは寝ないと隈が酷いですよ」 「うるさいな!なんで神宮寺なんだよ!お前なら会長の部屋に入るのに顔隠す必要なんかないだろ!!」 「心配してるのに……。なんでって、昨日は会長の部屋に行く前にちょっと寝てて、寝癖が酷かったからフードで隠してたんですよ」 よく分からないけど、ごめんなさい。 そんな心もこもってない謝罪をしたあと、えへっとおちゃめに笑う神宮寺を見て、今回僕はからかわれたのだと悟った。 完敗だった。 神宮寺は「さぁ行きましょうか」と脱力して立つことが精一杯の俺の手を引き、生徒会フロアから脱出する。 神宮寺とならば間違いなく不正侵入が罪に問われないことは過去の経験でよく分かっているし、なんの成果も得られなかった僕にはただ神宮寺に手を引かれることしか選択肢などなかった。 新聞部の天敵とも言われる神宮寺とこうやって手を繋いで生徒会フロアから脱出するのもこれで何度目かは分からない。最初こそ神宮寺と仲が良いのかなどと謂れのない噂をたてられたが、今ではまた邪魔されたのかと同情されることが多くなった。 だって致し方ないのだ。 神宮寺は生徒会フロアのカードキーを何故か所持しているし、当然僕は所持していない。敵の手を取らなければ僕は不法侵入罪として処罰を受けることになる。なるべくしてそれは避けたい。 「ってか、なんで昨日はカードキーで入らなかったんだよ……。会長自らお出迎えとか普段しないじゃん……お前勝手に入るじゃん……」 それがあったから、神宮寺以外の誰かとの逢瀬だと期待して張り込みしていたのに。 がっかりと肩を落とす僕。それに対して神宮寺は照れている装いを見せた。 「やだー、昨日から見てたんですか?」 恥ずかしい、なんて心にも思っていないくせに、僕にまでそんなぶりっ子をするのはもはや癖なのだろう。神宮寺は親衛隊らしく生徒会や権力の強いものにこうやって媚び売りのような姿を積極的に見せる。男が可愛らしく装ってどうするんだとも思うが、残念なことにこの学園ではしっかり効力があるのだ。 「新聞部特有の情報網ですかぁ?えーと、実は俺、会長からカードキー取り上げられたんですよ」 「……っ、は!?なにそれ修羅場!?仲違い!?スクープ!?!?」 「カメコ先輩落ち着いてー。そんなスクープならまず俺ここにはいないですよぉ。単に1回カードキー落としちゃって叱られたんです。だから今度からは会長がキーを開けなきゃいけなくなって……面倒ですよね」 「お前が、じゃなくてもちろん会長が、だよな……?」 「それはもちろん。お手数かけて申し訳なく思ってます」 思ってねーな……。 本当に食えない男。笑顔の裏の本心が見え隠れする。本当に隠しているつもりなのか、わざとこちらに分かるようにしているのか定かではないが、頭のいいこいつのことだから恐らく後者なのだろう。 神宮寺は、異例の早さで親衛隊の幹部に上り詰め、二年生でありながらも三年の親衛隊を差し置いて今では親衛隊トップだ。どの親衛隊にも属さない、親衛隊を統べる新たな組織、親衛隊統括のトップ。元々会長のお気に入りでもあり、また風紀にも一目おかれているとの噂もあり、ほかの親衛隊も強く言えないのだろう。 素行は悪くない。生徒会に媚売るぶりっこな物言いはちょいちょい腹立つが、成績もいいし運動神経もいい。教師にも気に入られやすいし、顔もカワイイ系だ。 会長が入れ込んでる理由は分からないが、友人も多いらしいし性格もよろしいのだろう。 僕らの天敵であることに変わりはないが。 「つか、カードキーなくすとかありえないだろ。あれマスターキーみたいなもんだから悪用されたら最悪じゃん」 「もうお説教はいいですー。会長にも生徒会の皆様にもお叱りは受けました。それなりの処罰も受けました。べつに侵入したことを会長に告げ口してもいいんですよ?」 「ごめんなさい!」 それを出されたら、僕は頭を下げ口を噤むしかない。 「さ、つきましたよ。今からでも寝てくださいね、カメコ先輩。俺も寝不足なんで今から寝ますー」 「寝不足って……朝までなにしてたんだよ」 「……聞きたいですか?」 「ごめんなさい」 すみません、僕が無粋でした。 本当に眠たいようで小さくあくびをする神宮寺の目尻にはうっすら涙が溜まっている。からかわれた怒りはあるが、助けてもらったうえこれ以上、神宮寺の睡眠時間をさくわけにもいかないと別れを告げた。 律儀にも見送ってくれるらしい神宮寺は、笑顔で小さく手を振りながら「あ、そうだ」と何かを思い出したように声をかけてきた。 「スクープが欲しいなら、ひとつだけ。副会長とうちの統括の子がお付き合いを始めたみたいですよ。激写したキス写メも携帯に送ってあげますね」 おやすみなさーいという神宮寺の言葉を最後に、僕は部室へと走り出していた。ピコン、と通知をつげる携帯を片手に添付された画像を確認しスピードをあげる。 眠気なんて一瞬でふっとんだ。 敵に塩を送られた状態だが、そんなのどうでもいい。 だって僕は新聞部だから! その朝、マッハで仕上げた副会長熱愛スクープが号外として配られた。 かくして僕は一躍ヒーローとなり、新聞部全員にほめたたえられることとなった。
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