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猫と友達のはなし
ズダン!と屋上の扉が荒々しく開けられた。一体何事かと、俺と俺の友人達が一斉にそちらへ目を向ける。
そこには、息を切らし、俯いて必死に息を整えている、これまた別の友人の姿があった。彼がここにくることは別段珍しくもないので、各々目線を元に戻した。
「っ、テル、くん……っ!!」
整えきれてない途切れ途切れの呼吸にのせて、俺の名前が呼ばれる。
その手は怒りなのか羞恥によるものなのか小刻みにプルプル震えていた。
外聞よろしく、きょとんと小首を傾げて彼を見つめるも、残念なことに身に覚えがありすぎた。
しまった、カメコ先輩にはちゃんと口止めしておくべきだったなぁと思ったが後の祭りである。
「っ、僕を売ったの!?」
キーンと耳鳴りがするような声で責められ、胸ぐらはしっかり掴まれ、他の友人たちに助けを求めるも面白そうに見ているだけで、どうにもこうにも耳を塞ぐ以外俺に抗うすべはなかった。
「けいちゃん、落ち着いてー」
耳が痛いー、とメソメソするも火に油。
一層大声で責め出すケイに耳はキンキンと悲鳴をあげる。他人より聴覚がいいので尚更その声量は辛い。頭痛がする。
「朝のあれか?」
「あれテルの仕業だったのか、そりゃケイも怒るわな」
「わはは、自業自得ー」
うるさいよ、モブ友人達。
「あんな……っ!あんな!き、ききき」
「キス写メ?」
「っっ!!そうだよ!ひどいよ!すぐ消してってお願いしたのに!!」
まじで泣きそうな五秒前。
おかしいな、俺は数ヶ月前から副会長とけいちゃんのキューピットになるためだけに奔走し、けいちゃんの笑顔を見たいがためについ昨日いよいよ2人をカップルにしたというのに。
感謝されるなら分かるがこんなに泣かれるなんて。いやでもけいちゃんはシャイボーイだしなー。ひっそりいちゃいちゃする間もなく皆にばれちゃったから、冗談でなく恥ずか死にそうなのかもしれない。
それは大変悪いことをした。
「けいちゃんごめんね?俺嬉しくてカメコ先輩に報告しちゃった」
「嬉しくて、って!!」
「だって俺ずっと応援してたから……やっとこの日が来たんだって2人の笑顔を見てたら誰かに言いたくなっちゃって……」
「てる、くん……」
しおらしく言ってみればけいちゃんはすぐに落ちた。元々そんなに怒るような友人ではないのだ。普段は可愛らしく、おしとやかな友人だ。
それに俺は嘘は言ってない。別に新聞部にわざわざいう必要なんてなかったけど、そこはちょっとしたおちゃめ心だったのだ。許して。
「騙されるなよーケイ」
「猫かぶってるのバレバレだね、テル」
ホントにこの友人たちはうるさいな!
絆されかかっていたケイが、はっとしてキッと俺を睨む。それでも可愛いんだけどね。
「副会長を狙う輩が諦めてくれればいいな、と思って」
「いやいやいや、余計なお世話だよ!どうすんの?僕が親衛隊に目をつけられてもいいの!?」
なにを言っているのだろうか。
「俺を誰だと思ってるの?」
「っ……」
言葉を詰まらすケイちゃんの手を握り、親愛の意味を込めて軽く唇を落とす。
「俺が統括してる親衛隊だよ?大事な大事なけいちゃんを、そんな危険な目に合わすわけないでしょ?」
不敵に笑みを浮かべて、上目遣いでそう言えば、けいちゃんは顔を真っ赤にさせ口をぱくぱくさせていた。金魚かな?それでも可愛い。
「ずるい!!!」
ばっと手を振り払われ、逃げるように来た道へと走っていくけいちゃんを見送り、やれやれと途中だった昼食にありつく。
「テルくん、本当に大丈夫なのー?」
間延びした問いかけを投げつける友人Aもとい、相良秋人(サガラアキヒト)。
「なに、信用ないね俺」
「お前に対しての信用云々よりも、その他親衛隊に対しての信用問題だろ。会長の次に規模がでかい副会長の親衛隊をお前1人で懐柔できると思わねぇな」
正論じみた言葉を投げつけてくる遠藤智晴(エンドウトモハル)。
「けいちゃんあれでも副隊長なんだよ?副会長にも会長にもフォローはお願いしてるし、まず俺の言う事聞かない人は親衛隊にいない」
故に大丈夫!と胸をはって言うも、やはりこの友人達も心配をしているのか、俺の言葉に疑心暗鬼だ。
「問題は掌握できてる親衛隊よりも、その他大勢だろ。親衛隊に入りたくてもテルに突っぱねられて入れなかった輩は大勢いる。ちょっと軽率だったんじゃないか?」
「うーん、そうかな。俺は、大丈夫だと思ったんだけど」
真面目に推測して、真面目にけいちゃんを心配するこの真面目男は、新藤御影(シンドウミカゲ)。
言われてることは分かるし、心配するのも分かるのだけれども……なんとも説明のつかないこの絶対的自信はどうやってもこいつらには伝わらない気がする。
まず現時点でなにも問題は起こってないし、副会長親衛隊のみんなは前々からけいちゃんのことを説明しているから納得もしてるし、むしろ今では応援している。親衛隊でない人たちのことは分からないけど、まぁ多少は煮えきらない想いを抱えているものが何人かいるだろうが、なんせ今回のカップル成立は副会長だしなぁ……。
「んー……あ、そうだ。そういえば皆の衆は、副会長と話したことある?」
そう問えば、事務的なことしか会話したことがないという答えをもらった。
「そっか。じゃー手っ取り早く副会長に会ってみようか」
そう言った俺に、友人達は戸惑いを隠せない様子で、その表情は疑いの目をはらんだまま。とりあえず、と強制的に生徒会室へ連行。
こういうとき、親衛隊統括の立場はとても役に立つなぁとしみじみ感じる。
*****
「副会長様ぁ。この度はけいちゃんとのカップル成立おめでとうございまーす」
えへっ、と可愛らしくお祝いの言葉を副会長に投げかけると、昼休みにも関わらず仕事中だった生徒会面々に注目された。そんな視線に耐えきれないらしい友人たちは他人のフリをしようとそっぽを向いているが、言っとくけど俺と一緒に生徒会室来た時点で他人のフリとか無理だから。絶対無理だから。
「神宮寺、今朝のスクープはお前の仕業か。ケイの友人と言いながら、あんな晒しものにして……お前は何を考えている」
眼光鋭く睨みをきかせる副会長は、相も変わらず俺に辛辣。もう慣れっこだ。俺はけいちゃんの幸せは望んでいるけど、副会長のことはどうでもいい。俺にとって副会長は観賞用の人間である。言うなれば画面の向こうにいる2次元キャラとそう変わりはしない。
「けいちゃんが変に浮気の心配をして悲しまないように、そしてけいちゃんに今後変な虫がつかないように考慮した結果ですぅ。怒らせたならごめんなさぁい」
我ながらイラッとする喋り方だ。
他の友人達もそんな顔をしている。
「媚を売るな。可愛い通り越して気持ち悪い」
「えー、ひっどーい」
「……テル。雑談なら応接間を使え。うるさい」
「はーい。お気遣いありがとーございます、会長様」
語尾にハートでもつけているような甘々な口調。
げんなりしている会長にぺこーっと頭をさげて副会長をほぼ無理矢理応接間へ連れていく。もちろん友人達も一緒だ。
場所は変わり応接間。
生徒会の一室に専用の応接間があることにも驚きだが、まぁどこぞのオフィスだよってくらい高そうな絵画が飾られ、高級そうなソファとテーブルが設置されていることに驚いたのは、懐かしい記憶だった。さすが金持ち学校としか言いようがない。庶民と金銭感覚が違いすぎる。
「で、何のようだ?」
「もちろん、けいちゃんのことですよ。いかがですか?その後は」
といっても昨日の今日だけど。
んでも昨日けいちゃんは副会長の部屋にお泊まりしたはず。嬉し恥ずかしイチャイチャエピソードがあってもおかしくはないだろう。
「そのうしろのやつらも、ケイの友人か」
「そうですよ。だからこそ、良くも知らない副会長と付き合うということに関してとても心配してます。ただでさえ人気者の副会長とお付き合いするんだから、けいちゃんが親衛隊とか副会長を盲信する人たちに危険な目に合わないかってね」
「……そうか」
ちょっと真面目な話だから、さすがに甘々口調は引っ込める。
少しだけ考えて、副会長は真っ直ぐに、視線をこちらへ向けて口を開いた。
「ケイなら大丈夫だ」
すっぱり。
断言した副会長の目に揺らぎはない。さすがの友人達も少し驚いたようだ。
まぁ確かに『けいちゃんと副会長のラブラブカップルへの道大作戦』はみんなで立てたものの途中から飽きて俺しか作戦実行してなかったし、経緯もなにも見てないから、こいつらからしたら冷徹な副会長とけいちゃんのカップル成立は突然すぎたわけだ。
心配する気持ちは分かる。
俺も逆の立場だったら今頃全力で反対運動に躍り出ているだろう。
んでも、俺は2人がお互いを意識し始めてドギマギした空間を共に過ごしながらも愛を育んできた日々をしっかり観察していたからなー。
「ケイは俺が守る。命にかえても」
副会長はけいちゃんにぞっこんだからね。理由はそれだけじゃないけど、大丈夫だと思うし、もちろん大丈夫にしてみせる。
「……まぁ、具体的な話もせずただ信じろと言われても、お前らは副会長をそこまで知らないし、ちゃんと納得できないだろうけど。でも、思い出してよ。俺が、認めた相手だよ?」
自信満々に言い張ってみる。
俺の勘と五感を舐めないでいただきたいね。
しばらく黙っていたが、最初に口を開いたのは新藤だった。
「……たしかに、テルが見定めた相手だったな」
「テルくんがけいちゃんを危険な目に合わすわけないもんねー」
「仕方ねーから納得はしねーけど、信用してやるよ」
はー、何様ー。
ふてぶてしさに思わず破顔しそうになるも、副会長の手前笑顔を取り繕った。
「さて、副会長様。貴重なお時間ありがとうごさいましたぁー。みんなもとりあえず安心したみたいなんで、俺らも帰りまーす!」
「神宮寺、お前はコロコロとキャラをかえるな。そしてそのしゃべり方は気持ち悪い。普通にしろ」
「えぇー、俺はいつだって素ですよぉ」
「そうか、帰れ」
「はーい」
うざがられはじめたところで、退室。
生徒会室なんて長居したくないしね、副会長もまだ仕事があるみたいだし。けいちゃんと付き合ってから仕事にミスが多くなったなんて絶対言わせねー。
「それにしても付き合ったその日にけいちゃんにキスマークなん」
「帰れ」
バタン。
目の前で扉が閉められ、文字通り閉め出された。
なんだよ、ちょっとくらい惚気けてくれてもいいじゃん。つまらん野郎だな。
「テル、昼休み終わる。教室戻るぞ」
「俺パスー。みなさん、いってらっしゃい」
「さぼりー?俺もいきたーい!」
「アキは単位やべーだろ、さっさ行くぞ」
えぇー、と文句を並べるアキを引きずり連れていく新藤と智晴に手を振り見送る。
まったく察しの良いお友達で大助かりだね。
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