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猫と生徒会長のはなし
授業へ向かう友人たちを見送り、向かうは別棟の屋上。学校の屋上はしっかり施錠されて立ち入り禁止になっているのだけど、そこと、本館西棟は何故か鍵が壊れていて普通に入れる。
本館はあの友人たちにも教えてるけど、こっちは教えていない。まじな俺の秘密基地である。
「……来ると思った」
「俺の秘密基地なのに!」
そう、俺だけの秘密基地だったはずなのに。
そこに寝そべって悠々と日陰ぼっこをしているのは、生徒会長である土岐咲光(トキサキヒカル)様。なにを隠そうこの秘密基地の共有者である。
「今更だろ?」
「いや、そうだけどー。つか会長なにしてんの、忙しいんでしょ?さっき仕事してたじゃん」
「テルのぶりっ子見たらやる気なくした」
「屋上から落としてほしいの?」
失礼しちゃう。
こんなにテンプレをなぞるような親衛隊俺のほかにいないよ?親衛隊の鏡だよ?
でもたまに自分でもきもいと思うからあまり言えない。
お目苦しい姿を見せて申し訳ない。
「さすがに三徹はしんどい」
「それ俺に言っちゃう?光のせいで俺だって寝不足ですよ」
「……大変申し訳ない」
「反省するなら行動で是非みせてほしいもんだね」
やれやれと適当な場所に適当に横になる。
昨日とその前とその前の夜、俺は生徒会長の部屋で生徒会の仕事のヘルプマンに興じていた。元々、生徒会の仕事は多くそれに伴い、成績維持を前提に授業免除という特例があるのだが、その中でも生徒会長の仕事は鬼の所業かというほど多い。
代々生徒会長につくものは、将来的に大企業の代表取締役社長となるため予行演習的な要素も含め重要書類はすべて生徒会長に一任されていた。
「テル、今日はずっとサボりか?」
「いーえ。俺には親衛隊統括という大事な仕事と、大事な友達の護衛というお仕事があるのである程度休んだらもどりますよ」
「そうか、じゃあ今日の夜」
「待て待て」
担っている仕事も鬼なれば、その主も鬼か。三日三晩付き合ったよ。結構仕事片付いたよ。頑張ったよ、俺。
「夜は何もないんだろ?」
「あーりーまーすー。寝なきゃいけないんですー」
「明後日外泊するんじゃなかったか?」
「……いい性格してんね、くそ会長」
外出、外泊を餌にされる。
そうなると俺はあまり強く出れない。閉鎖的なこの学園には、不自由など感じさせないほどのショッピングモールも娯楽も用意されており、その代わり敷地外へ出るのは原則禁止令が出されている。
その許可を出せるのが生徒会長と風紀委員長2人だけだというのだから、また厄介で。
あの堅物風紀委員長が私情の外出許可を出すわけがないし、となれば俺は生徒会長に頼むしかないわけだ。
ギブアンドテイク。
光も、最初から生徒会長だったわけじゃない。でも、その容姿と家柄と出来の良さから生徒会長になるであろうことは出会って間もなく予測できたことだ。
ある程度親交がある光ならば俺も外出許可がとりやすいと、もちろん後押しした。後押しなんてなくてもなれただろうけど、なにせ本人にやる気がないものだから交換条件は必須だった。
『生徒会長なったら仕事付き合うし!』
あの頃の俺を馬鹿だと殴りつけたくなったのは、生徒会長就任してから1週間もいらなかった。
馬鹿みたいに仕事多い。
授業免除は当たり前だ。
あれで、出席日数もしっかり取れとか言われたら生徒会長はみんな辞任するよ。
「てか、生徒会メンバーにちょっとくらい委託しろよ。光が全部とか無理だろ」
「できるものは委託してる。親衛隊にも簡単なものはおろしてるだろ」
「そうなんですよねー…」
親衛隊には、生徒会から仕事の依頼が度々回ってくる。といっても、学内アンケートだったり資料のコピーだったり細々とした雑用だ。引き受けるだけで憧れの生徒会メンバーと交流をもてるならと親衛隊への加入希望者は後をたたない。
中には変な企みをもって入ってくる奴らもいる。
入隊可否や、親衛隊の管理、仕事の采配をするのが親衛隊統括である俺の仕事となる。
ううーん、と唸り考え込む俺に、何を思ってか光はふっと笑い、俺の髪を一房掬った。
「誰よりも頼りにしてる」
「……そういうサービス、うちの親衛隊ちゃんたちにしてくれませんかね」
美形というのはなんとも得である。
言われていることが、苦行であると分かっていても少しだけ、ほんのすこーしだけドキッとしてしまった。大変悔しい。
「俺がサービスしたら親衛隊のまとまりも悪くなるだろ。お前がお膳立てしろよ」
俺はそれに従う。
そう言って、寝返りを打つと本当に眠かったらしい光は、しばらくして寝息をたてはじめた。
「……えらい信頼されてんね、俺は」
傍から見れば、そうではない。
傍から見れば、俺は親衛隊総括の立場を利用し、生徒会長に言いよっている悪い虫。ぶりっ子総隊長だ。
もちろんわかってくれる子はわかってくれている。
俺も常にぶりっ子してるわけじゃない。
疲れ切っている寝顔に、薄ら隈をつくっているのを発見する。まぁ、俺も隈くらいあるだろう。仕方がない。仕方がないのだが。
*******
『速報!生徒会業務でお忙しい生徒会長の部屋に図々しくも押し掛ける親衛隊統括を激写!!』
なーにが速報だ。
隈をこしらえ、部屋へ招き入れる生徒会長と、疲れ一つ見せず笑顔で部屋に踏み入れようとする俺の写真。
今更すぎるだろ、俺が泊まりに行ってる時は大抵修羅場だから光が疲れてるのは当たり前だし、俺が疲労困憊でもきちんと隈を隠し笑顔を振りまいているのは親衛隊統括のトップとしてあるべき姿だし、それをこーんな見出しで飾ってくれちゃってさぁ……。
「写真うつり悪くない?俺」
「大丈夫、ちゃんと可愛いよ。テル君」
「ソーダヨ、チャントカワイイヨ、テルクン」
「テルクン、カワイイヨ」
「カワイー」
「圭ちゃん、ありがとう!残り3人はぶん殴るわ」
積み重なる寝不足に、こんな小さなことでイライラしちゃうテル君です、おはよーございます。
昨日無事に四徹目でした。
疲労困憊です。
先ほど、この記事を見て生徒会室へ向かう光が大変不機嫌そうにしておりました。あとで宥めないと、暴れると大変。副会長がおさめてたみたいだけど、気は済んでなさそうな顔してた。
「圭ちゃん、今朝はどーする?愛しの副会長様に会いに行く?」
「もうっ!変な言い方しないで!親衛隊への仕事受注でしょ?生徒会、忙しそうだもんね」
心配……、と顔に書いてある。
しゅんとした圭ちゃん可愛い。付き合いたてで浮かれる余裕もなく生徒会業務に勤しむ副会長も浮かばれることだろう。
副会長はこの可愛い表情見れてないけどね!!
「親衛隊って、ワーキャー言ってる時はうぜーなって思うけど、ちゃんと仕事も手伝ってるから偉いよな」
「テルくんが統括になってからだけどね。おかげで親衛隊のみんなも生徒会のみなさまとの面識も叶うし、生徒会のみなさまも仕事が少しだけ軽くなるから両方万々歳だよ」
「テルって仕事してんだ」
「何言ってるの!テルくんすごいんだよ!?今までの親衛隊の在り方ぜーんぶ変えちゃったんだから!」
食い気味に主張する圭ちゃんに友人ABCはたじたじだ。いかに俺がすごいかあることないこと、吹聴してくれてる。
そんな褒めんなよ、照れるやないかい。
「ところで新藤くん、最近風紀はいかがなものかね?」
圭ちゃんに俺の武勇伝を熱く語られ圧されている3人の中の1人に尋ねる。
新藤御影は、1年の頃から風紀委員会に属している。運動神経がよく、スポーツ全般を難なくこなす彼は、残念ながら部活動に興味を持てなかった。学校的にはどっかの運動部に入ってほしそうだったけれども、本人にやる気がないなら仕方がない。
しかし、その能力を使わないのも勿体ないということで、昨年俺が風紀に推薦した。
抵抗に抵抗を重ねられ、買収に買収を重ねて結果新藤根負け。
今では大変優秀な風紀委員のひとりとして、次期風紀委員長だの副委員長だの噂されている。
「今のところ大きな問題は起こってないな。1年入ってきたし警戒してたが、昨年が嘘みたいに落ち着いている。小さな揉め事程度だな」
「でしょ!?それもテル君のおかげなんだよー!」
「わかった、わかったから圭。お前がテルをどんだけ愛し尊敬しているかは十分分かったから」
圭ちゃんの主張が激しい。
こりゃ昨日なんかあったかな。もちろん副会長と。
「圭ちゃんはどう?親衛隊、なんか変わった様子あった?」
「テルくんのせいで、副会長とのこと根掘り葉掘り聞かれたくらいかな」
「ごめんって」
話題を振ったら地雷を踏んだ。
笑顔は笑顔だが、その目はしっかり据わっている。
「智晴は?」
「俺ん所も別に?って感じ。もうちょい荒れるかなって踏んでたけど、変わりなしで見ていいよ」
「そっか。ならアキのとこも変わりなしかな」
「だなー。至って平和ー」
秋人は運動部に、智晴は文化部にヘルパー要員として頼りにされている。抜群の運動神経と敵を作りにくい性格のアキ、頭の切れと器用さを持ち合わせた智晴。
大変優秀な友人たちで、情報収集は楽々だ。
「そっかそっかー。何事もなくて俺も安心!」
とりあえず大きな問題はなしということで、昨年の頑張りが報われる。
閉鎖的な空間に長くいればいるほど、快適な学園生活とはいえど若い俺達には狭苦しくて感じて仕方がない。
本人も気づかない程、小さなストレスが溜まり、蓄積していく。
それは突然、爆発してしまうものだ。
「……新藤。3階、たぶん…多目的教室」
「っ、了解」
「俺先に行くねー。場所間違ってたらまた連絡する、マナー外しといて」
小さく、耳に届いた声。
あまりよろしくなさそうな雰囲気の会話と、物音。
新藤に伝えて、咄嗟に鞄を圭ちゃんに押し付けて走り出した。
今しがた問題ないと話していたばかりなんだけど、無事に二学期が始まったと思ったらこれだ。
夏休み明け。開放感からの閉鎖空間。どんなに対策を練っても、こうやってぽつぽつと問題は起こってしまうものだ。
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