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猫のお仕事のはなし
親衛隊長の仕事はたったひとつだけ。
各親衛隊の統括。
自分たちの対象である人物に対して迷惑がかからないように、親衛隊員へ指導し、規則を作って守らせる。親衛隊長によって規則は自由に変えられるから、隊長選びは毎年慎重に行われていた。
基本的に多数決を元に前任親衛隊長が、新しい親衛隊長を指名する。
誰も、わざわざ好きな人に迷惑はかけたくない。
親衛隊長でその親衛隊への印象は決まってしまう。
その親衛隊に属しているというだけで、親衛隊の印象をそのまま押し付けられてしまう。
隊員は、自分への評価も気にしつつよりふさわしい人物への投票を。
前任親衛隊長は、好意を寄せる人にふさわしい人物への指名を。
こうして代々、親衛隊というものは引き継ぎされてきたのだが、まぁなんせ閉鎖空間で育ってきた男達の寄せ集めなだけあってあまり常識は通じない。
全員がおかしいというわけではないが、時々、おかしな隊長がいたりして、親衛隊自体がおかしなことになっていたりすることもあったらしい。
あったんだよな、去年も。
無理矢理にでも既成事実をつくろうとしたり、抜け駆けしようものならリンチやらほにゃらららされたり。
親衛隊同士の関わりはなく、各々独自のルールで突っ走ってきているので1度おかしくなってしまえば、修正も難しいみたいだ。
と、いうわけで光の生徒会長就任に合わせて親衛隊統括係をつくってもらった。
初代統括係はもちろん、言い出しっぺの俺である。
「…あ、光に連絡」
校舎3階を目指し走っていた最中に思い出した。
片手で携帯を操作し電話をかければ1コールも終わらないうちに出たので「多目的教室」とだけ言ってすぐに切った。
こういうことは初めてではないので光は分かるはず。
去年は頻回すぎたんだよなー。
よく連絡忘れをして怒られていた。今回は忘れることなく事前に言えたので怒られることはないだろう。
なるべく急いで駆けつけた多目的教室。扉の前には不自然に2人の生徒が立っていた。
間違いなく見張りだろう。
俺が来たことに少しビビっていたようだが、すぐに余裕の表情を見せる。外見で舐められるのは慣れっこだし、むしろ都合が良い。
「はい、通してねー」
先手必勝、鳩尾二人分。気絶こそしないが、膝を折らせるくらい一瞬だ。
彼らと会話する意味は無い。
善は急げということで、見張りを避けて、扉をあけた。
*******
(光side)
徹夜で仕事を片付けても、次から次へと仕事は舞い込んでくる。
こうなることを知っていたら、テルの口車に乗せられることもなく生徒会長なんて即座に断っていたことだろう。もはや徹夜が当たり前になってきた頃、テルも似たようなことを言っていた。
そんなテルから電話がきたかと思えば、「多目的教室」とだけ言われて切られた。
朝から新聞部の朝刊でイライラし、少し仮眠を取ろうと思っていた時だった。
睡魔など一瞬で吹き飛び、仮眠室から飛び出す。徹夜明けに全力疾走なんてしたくないが、仕方がない。
すれ違う生徒達に奇異な視線を向けられても、走る足は止めない。
いつもなら軽くあしらう程度で済むはずの、媚びた生徒がうっとうしくて仕方がなかった。寝不足の不機嫌さもあるが、テルが動けていない証拠でもあり焦りが隠せない。言葉も選ばず群がる生徒を押しのけ、とにかく走った。
テルの腕っぷしは認めるが、それとこれとは話が別で毎度嫌な予感が脳裏をかすめる。
ついた多目的教室の扉は開け放たれており、速度も落とさず駆け込んだ。
「テル!」
「はいはーい」
焦燥にかられた言葉と、間の抜けた返事。
教室内にはテルと、おそらく被害者であろう生徒がひとり。そして、床にのびて倒れている生徒が数名。
安否にほっと息をつくも、まだ心臓は鳴り止まない。
「っ、遅い!」
「へ?俺のセリフでは?」
「連絡!」
「えぇー」
なんだよ、結局怒られんのかよとブツブツ文句を言いながら、テルは泣いている生徒の服を整えている。
未遂だと報告を受け、深呼吸をひとつ。倒れている生徒の顔と名前を確認する。
「光はとりあえずここ残って。新藤たちもうくるから。俺は退散する」
「わかった。助かった、ありがとう」
「ふっ、なんで光がお礼いうの」
変なの、と笑い颯爽と多目的教室を去った。
残された俺は、とりあえず何も語らず、なにもせず、テルにやられたこいつらが起きないか見張るのみ。被害者は変わらず泣いたまま。
いつもこの時間は早く過ぎて欲しいと願うばかりだ。
「会長!」
「新藤」
「遅くなってすみません、風紀委員です。えーっと…とりあえず未遂、で?いいんですかね…?」
「俺もそう聞いている」
「そうですか、引渡しありがとうございます」
息を整え、俺に向かって一礼。新藤は、倒れている生徒を一瞥し、被害者である生徒へと駆け寄っていく。
相も変わらず慣れたもんだが、慣れて欲しくない事例だけに素直に感心できない。
「あれ?第一発見者はまた生徒会長さま?」
しらじらしく、声をかけてきたのは、進藤共に遅れてやってきた風紀委員長の永田。
そののんびりとした立ち振る舞いに苛立ちながらも、そうだと肯定の言葉を告げる。
「そっかそっか、新学期早々ごくろうさま。来るの遅くなってごめんね、あとはこっちでやっとくから」
「そうしてもらうと助かる」
「にしても、土岐咲も冷たいね。被害者泣いてるんだから慰めてあげるくらいすればいいのに」
「生憎禁止されてる」
風紀も来たことだし早々に立ち去りたい。そんな感情を知ってか知らずか永田はダラダラと会話を振ってくる。
「へぇ、禁止ねぇ。我が校の王様に禁止令出せるとか、相手は何者?是非風紀委員に入ってくれると助かるんだけどなぁ。あ、もしかして第一発見者も実は会長じゃなくて、そいつなんじゃ」
「くどい。第一発見者は俺。あとは任せるぞ」
「…冷たいなぁ」
ニヤニヤと弧を描く口が、次から次へと苛立ちを増大させていく。なかば無理やり会話を切り上げ、現場から離れた。
せめてこの睡眠不足を解消しなければ、誰かしらに当たってしまいそうだ。そう思い、足早に生徒会室へと向かう。
メンバーも全員揃っているだろうが、仕事は任せて仮眠をとろう。
「会長おっそーい!」
「遅刻とは珍しい、なにか問題か?」
「つかこの仕事量やばくない?俺らに授業受けさせる気ないね」
学校の顔といわれる生徒会メンバー。整った顔立ちと家柄、成績に身体能力を総評して選出される生徒会。
そんなやつらを集めても、生徒会室の陰鬱な空気は消えない。
「悪かった。神谷、悪いついでにこれ提出だけ頼む。俺は寝る」
「また徹夜で仕上げたのか?本当に倒れるぞ、生徒会長」
「悪い」
まったく、とため息をつきながらも引き受けてくれる副会長に感謝を告げて、重だるい身体をなんとか動かし仮眠室へと向かう。
いざ扉を開けようとしたとき、コンコンと控えめにノックした音がきこえた。
「失礼しまーす。生徒会の皆様おつかれさまですぅ。ささやかながら親衛隊からの差し入れと、お仕事受託に参りましたー。なにか俺達にできるお仕事はないですかぁ?」
大きくもなく小さくもない声量で、要件を手早く伝えてきた。
やってきたのは親衛隊統括隊長のテルと、副隊長の日向蛍(ヒナタケイ)だ。
「ケイ、わざわざありがとう」
「う、ぁ、あの…っ!ぼ、僕だけじゃなくて親衛隊のみみみんなで、あの、作ったので…っ。よかったら食べてくださいっ」
「副会長様ぁ、俺もいるのにそのあからさまな名指しはわざと?わざとですかねぇ?いちゃつかせるためにケイちゃん連れてきたわけじゃないんですけどぉ」
「ごくろうだった、神宮寺」
「うわー、すごい態度の違い」
「親衛隊助かるー!仕事めっちゃあるから持ってってー。なんなら全部持ってっていーよー」
「重要なもの以外くださーい。生徒会の皆様は明らかにオーバーワークなので、俺たち親衛隊で片付けられるものは片付けますよー」
「神宮寺ぶりっ子じゃなければ、仕事もできるし気も利くし最高なのにね」
「可愛いなんてそんなー。照れちゃいますよぉ」
「いや言ってないから」
途端に賑やかになる生徒会室。
思えばテルが親衛隊になってからというもの、生徒会と親衛隊の溝はえらく浅くなったように感じる。前期生徒会では考えられなかった光景だ。
というか、テルのエネルギーが底知れない。昨夜も手伝ってもらったから寝不足なはずなのに、微塵にも顔に出さないその姿は尊敬に値する。
だが、いくら人並外れた体力があろうと、そろそろ限界がくるだろう。
「テル」
仮眠室から引き返し、騒がしくなっている場所へ戻る。
仕事の受託のために話を聞いているようだったが、あえて遮りその名を呼んだ。
「会長様ぁ!いらっしゃったんですね!」
会えて心底嬉しいみたいな声と表情でこちらを見るも、その足がこちらへ駆けてくることはない。
間違いなく省エネモードだった。
「日向悪い、テル貸してくれ。受託も頼む」
「…え?は、はい!」
「やーだ、会長様ぁ!貸してくれって俺モノじゃないんですからー、でもすみません、俺この後用事が」
「頼んだ」
逃げようとするテルの首根っこをつかみ、そのまま仮眠室へと歩いた。
他の生徒会メンバーの手前、あまり素は出せない。おかげさまで大した抵抗をされることもなかった。
******
(輝side)
「この期に及んでまた仕事手伝ってほしいとか言うんじゃねぇだろうな」
「そこまで鬼じゃない」
人を無理やり仮眠室に連れ込んどいて、自分は早々にベットへと倒れ込んでいる光に声をかける。
薄目のまま否定を口にする光だが、仕事じゃなければここに連れ込まれた意味も理解できない。
「俺、夜伽の相手なんてできないよ?」
「冗談で言ってるんだろうけど、やめろ」
「はいはい」
俺は親衛隊統括であって、特定の親衛隊に所属しているわけではない。だが自然と光と過ごすこともおおく、今朝のような写真も何度か掲載されているせいで誤解されやすい。
おかげさまで光の親衛隊長からは目の敵にされている。
俺が責められる度に光が庇うから火に油だ。
「で?何か用?」
俺忙しいんだけど、と嫌味のごとく口にすれば光は少し不機嫌そうに表情が歪めた。
「隈」
「くま?」
「隠しきれてない」
「あぁ、そりゃこんだけ徹夜続きだとね」
「あと、今日現場に向かう途中で生徒に群がられた」
「それはすみませんね。なにせ俺も指示できる状態じゃなかったもんで。…まさか喧嘩売ってんの?」
「そんなわけないだろ」
そうとしか聞こえないっつーの。
普段なら、生徒会メンバーに生徒が群がることがないように各親衛隊の指揮をとり、それとなく生徒を容易に近づけさせないようにしている。今日は朝一であんなことがあったから、指揮なんてとれるわけもなく、光はそれを怠慢だと指摘しているようだ。
状況把握してんだろ、仕方ないだろうが。
目の隈も誰かさんの仕事を手伝ってたせいだっつーの。それに関しては、生徒会長になってもらう条件として手伝うのが当然になっているからなんも言えないけど。
「テル」
「なんでしょうか、生徒会長様」
「寝るぞ、お前も」
「…ひとりで寝れないの?うさぎちゃん?」
「お前統括なんだから、寝不足で弱味見せる訳にもいかないだろ」
「そりゃそうだけど…」
ううん、面倒だ。
寝不足で気だるくなった光は、まぁ元から頑固だが自分の意見をなにがなんでも押し通す傾向にある。これ断ってもネチネチグダグダと粘られて、ただただ時間を無駄に浪費するだけだろう。
「…分かった、詰めて」
「……」
無言のままゴロリと寝返りをし、俺の寝るスペースを素直に空ける。どうやら生徒会長様はこの返答でご満悦らしい。
「光は寂しん坊だなー」
ベッドに潜り込み、大人しく目を閉じる。眠気はすぐに襲ってきた。
週末の親衛隊への指示を出さなきゃいけなかったんだけど、仕方ない。起きてからにしよう。
仕事の受託もケイちゃんがやってくれてるし、あとは外泊の準備。
そんなことを考えているうちに意識は徐々に沈んでいった。
*******
元々あまり長い時間は眠れない。3時間くらいで目が覚めるので、昼間もちょこちょこ仮眠している。睡眠障害とかではなく、そういう体質だ。
そしてもうひとつ。
誰かと一緒に寝ても、熟睡はできない。意識が落ちてもわりかし短時間で目が覚めたり、小さな物音でも目が覚める。
雑魚寝は苦手だった。
「…爆睡だねー」
それでも、数分寝れたら体調も少し回復はする。
こんなんじゃ隈は消えないだろうけど、とりあえず光だけでも寝かせとかないと後々俺に被害がくるのだ。
さすがに今日は手伝えない。
昨日ほとんど片付けたし、今日の仕事受託で細々したものもなくなるから大丈夫と踏んでいるが。
すっかり目が覚めた俺。
爆睡中の光。
時計を見れば、30分程しか経ってない。
光は当然起こさないとして、おそらく授業には間に合わない俺はどうしようと考える。ダラダラ過ごしてもいいが、授業免除届のためには生徒会室から出る訳にもいかない。
というわけで。
「おつかれさまです、なにか手伝いますー」
親衛隊受託ではできない仕事のお手伝いです。
光も動けてないし、ここは親衛隊統括らしく生徒会のために動こうじゃないか。
「神宮寺、光は?」
「爆睡中ですね。昨日も一昨日も徹夜だったので、寝かせといて上げましょう。代わりになりませんが、俺も仕事手伝うので」
副会長に問われ、そう答えると少し迷っている様子。
書記と会計は嬉しそうだが。
まぁ、機密事項もあるからほいほい一般生徒に頼めないものも多いのだ。しかし俺にしたら、今更なのだ。
なんせ夜中は生徒会長の仕事してんだから、今更機密もなんもへったくれもない。一応信用をおいてもらっているし、生徒会メンバーもそれは知っているのだが、真面目な副会長はいつもこうやって迷う。
どうせ最後は折れるのに。
「…お前が生徒会ならこんなに迷わなくて済むのにな」
「口に出してました?」
「顔に出てた。悪いが、頼む」
俺の事好意的に見てないくせに、こういうときはちゃんと頼ってくれる。頭まで下げて。
副会長様ったらタラシー。けいちゃんに言いつけてやろう。
それは後々にするとして、生徒会全員顔色よくない。光ほどじゃないけど慢性的な寝不足が続いている様子。まぁ、生徒会の仕事もして、成績もキープして、大変だよな。
好き好んで生徒会に入りたがっているやつの気が知れない。
「重要書類は、昨日で片付いてるはずなので、とりあえず期日近いものから攻めていきましょー。俺打ち込みするので、他よろしくお願いします」
で、ある程度片付いたら、みんなも昼からは仮眠してね。
生徒会がそんな顔してたら示しがつかないから。
なんて、口には出さないけど。
代わりにとびっきりの笑顔を振りまいておいた。
「…善処します」
「神宮寺って顔とか目で言いたいこと表現するの上手すぎじゃない?」
「ぶりっ子もなんの為にやってるんだか。優秀さを隠したいためなら隠れてないし、無駄すぎる」
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