猫の週末のはなし

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猫の週末のはなし

ヒソヒソしてても聞こえてるから。 ぶりっ子なんのためとかって言われても、俺の中で親衛隊ってこういうものだから。 聞こえてはいても特に言い返すつもりはなく、早速仕事にとりかかる。 せめて三限目は出たいから、時間も無限にあるわけではない。 生徒会室に長々といても、ほかの親衛隊から不信感を持たれるだけだからねー。 親衛対象である生徒会メンバーの体調管理も大事だが、親衛隊のメンバーのメンタルも大事だからバランスを気にしなきゃいけない。 つまりこの場合は、超特急で仕事を終わらせなきゃいけないってこと。 「資料終わりました、コピーは親衛隊に回します。 体育祭の資料は、各クラスの競技者を打ち込むだけにしました。 保存しとくので、使ってください。 校内行事運営費の計算ですが、所々間違いが疑われるところがあったのでマーカー引いてます、あとで確認してください。 生徒会会議のまとめ資料ですが、配布資料をざっと作っといたんであとは確認と修正おわらして親衛隊に回してください。 あとは…」 いつのことだったか身につけたタイピングスキルと簿記スキル、PCスキルがまさかまさかこんなところで役にたつとは思わなかったけど、学んでいて損なことはないね。 打ち込みをさっさとおわらせて、生徒会に申し送れば、いよいよ授業開始5分前。 光はいまだ起きてこないし、終わらせた仕事の確認作業を生徒会メンバーに振っていたら、ちょっと目が回ってる様子だし、ここまでかな。 「じゃ、俺は教室戻ります。差し入れ食べて糖分とって、落ち着いたら睡眠もとってくださいね。失礼しましたぁ」 一礼してさっさと生徒会室から脱出、急ぎ足で教室に戻る。 途中携帯でケイちゃんに連絡しといたから、各教科担任には欠席理由が伝わっているはず。 次は英語だったかな。 あまり得意ではないにも関わらず、当たる日だった気がする。ちょっと予習しないとやばいかもしれない。 親衛隊総括として、成績優秀も必須なのだから。 ****** (副会長side) 指示をしなくても動ける、機密事項の扱いにも長けている、生徒会メンバーに色恋を求めない、仕事が早い。 そんな生徒会補佐が欲しいと、いつだったか会計がぼやいていたが、生徒会長により一蹴された。 『テルがいるから、いらんだろ』 二の句が告げなかったのは、仕方がない。 あれだけの能力があると知っていれば早々に生徒会にいれたかった。媚びを売るような口調、態度は気に入らないが、仕事モードに入ればあれほど頼れる人材はいない。 『親衛隊の管理なんてあいつ以外できねぇから、生徒会は無理』 どれだけの信用と信頼をおいているのか、というか2人はどんな関係なのか、いまだに聞けずにいる。 光は、神宮寺を大層気に入ってるが、神宮寺は仕事の一環で関わってきているようにしか見えない。 聞いてしまったら、光の地雷を踏みそうだ。 「この短時間で今日の無謀な目標八割くらいおわらせてくれたんじゃないの?神宮寺」 会計が、何気なくそう言った。 なにひとつ仕事は終わっていないが、神宮寺にまかせた仕事は、どれもこれも僕らが確認修正をすれば終わるように仕事がなされている。 恐ろしいやつだ。 「あー、俺らも今夜はゆっくり寝れるかねぇ。てか、来週くらいから授業出れるんじゃないの」 「…確認して問題がなければな」 「神宮寺がやったことに問題があったことなんてないじゃんねー」 固くなってしまった身体を思いっきり伸ばしながら、書記が言う。 確かに、いつ終わるかもわからなかったものが、一気に片付いてしまった。 少し呆然としながら、神宮寺がやった書類を眺めていると、仮眠室の扉が開かれる。 どうやら、我らが生徒会長の目覚めらしい。 「…テルは」 第一声がそれ。 まだ寝ぼけているのか、どこかぼんやりしながら生徒会室を見渡している光に、今しがた授業に戻ったことを伝えた。 がっかりするかと思ったが、「そうか」とただ一言。 仕事をするつもりなのか、自分の席に移動する。 資料に目を通すと、すぐに確認印を押していく。 速読スキルを持っているのか、光の確認作業は、早く淡々と終わっていく。 それにつられて、各々再び自分の仕事を片付け始めた。 僕も、今日の夜はゆっくり恋人と過ごせそうだと、予感を抱きながら。 ****** 「テルくん、おっかえりー」 「ただいまー、今日どこだっけ」 「17ページだね、テルくん当たるとこまとめといたよ」 教室に戻って、癒し笑顔で迎えてくれたケイちゃん。ノートになにか書き込んでる様子だったから、予習でもしてんのかなって思ったけど、どうやら俺のためにまとめてくれていたらしい。 「ケイちゃん、結婚しよ」 「ごめんねー、僕付き合ってる人がいるんだー」 のほほんと返され、今更副会長とくっつけたのは早計だったかと悔やまれる。まぁ、こんな幸せそうな笑顔みたら、そんな後悔も一瞬で打ち消されるんだけどね。 「テルくん朝から大忙しだったから、少しでも役に立てたらって思って。昼休みの親衛隊会議も僕がやるから、テルくんは休んでてね」 「ケイちゃん…っ!」 この子昨日まで俺に対して激おこなのに、さらっと水に流して今はこんなに尽くしてくれているなんて信じられる? この子俺の親友なの。 信じられる? 前世で徳を積んだかいがあった。 ありがとう、俺の前世の人。 なんて親友の優しさに感涙している場合じゃない。 さっさとケイちゃんが俺の為にまとめてくれた俺だけの為のノートに目を通さなくては。 もうそのフレーズだけで上がる。 授業で粗相はありえない。ありえなくします。 「席つけー、授業始めるぞ」 ベルと同時に英語の教科担任が教室に入ってくる。改めてケイちゃんにはお礼を言い、ノートをもって席につく。 机から教科書を引っ張り出し、教師の話に耳を傾けながら、今日当たるであろう問題とケイちゃんノートを照らし合わせた。 「……」 知ってはいたけど、ノート読めねぇ。 ケイちゃんは、容姿も性格もくそ可愛いクラスの人気者だ。例えるなら、親衛隊もできちゃうくらい人気の副会長と付き合ったとしても罵声なんて一切合切飛んでこないほど、とても良い子だ。 教師受けもよければ、頭も悪くない。ちょっと人に騙されやすいくらいの愛嬌もあるし、言い換えればとても素直だ。 ケイちゃんの隠れ親衛隊なんてものもある。 それは俺がこっそり管理させてもらっている。 唯一欠点があるとするならば、この字の汚さだ。 いや、欠点通り越してギャップだよね。 俺の為に書いてくれたありがたーいノートは、残念ながら俺には読めず、でもケイちゃんの優しさを無駄にはできないから自力で頑張った。 俺が堂々と発表したとき、ケイちゃんのあの満足気な笑顔を守れたのなら、男冥利につきるってもんだ。 頭をフル回転させながら受けた英語の授業。 どうにか粗相もなく、無事に終了した。 「テルくん、大丈夫?」 授業がおわり、ケイちゃんが心配そうに駆け寄ってくる。 なーんで人って生き物は言語がいくつもあるのかねぇ。 ひとつでよくない? いっぱいいらなくない? みんな生まれた時から聞いてる言葉は自然と身につくんだからさ、後々勉強しなくてもいいように1つに決めればよくない? 元々人の言葉は難解なものが多いんだから、さらに言語を分けて難しくする意味が分からない。 「大丈夫、英語苦手なんだぁ」 「それは知ってるけど…。授業だけじゃないんじゃない?疲れてる?次休む?」 「心配してくれてありがとーね。でもあんな広報された手前、あんま休めないんだよー」 そう。 授業に出るのは成績維持のためだけではない。 度々俺と光があれやこれやと噂されるたび、俺が休んでしまうと夜に生徒会長様と遊んでるからでしょーなんて腹立つ陰口が叩かれるのだ。 親衛隊統括の副隊長と違って敵が多いのです。 おかげさまで弱みなんて見せられず、こうして頑張って授業に出ているわけです。 えらい、俺。 「無理しちゃダメだよ?次体育だけど…」 …まじか。 どおりで皆様先程から移動しているわけだ。 そうと分かれば、俺達もさっさと移動しなければならない。 更衣室で着替えて、体育館で整列。 体育教師が前で説明してるのを右から左に流しつつ、安堵のため息をつくばかりだ。 「球技でよかった」 「テルくん運動得意だしね。僕は苦手だなー…」 「可愛いからいんじゃない?」 嫌味とかでなく、本気で。 運動できないほうが可愛くない?跳び箱飛べなくて尻もちついてるケイちゃん見たいよね。次バスケだけど。 「補欠立候補しよっかな」 「俺は程々にー」 親衛隊統括に、スポーツ万能なんて求めていないので。 親衛隊といえば、可愛くて、生徒会にキャーキャー言っておけばいい。俺の場合は総括だから成績維持が必要になってくるけど、運動能力は逆にないほうがいい。 そこは、舐めておいてもらった方が便利なのだ。 元々そんなに体力ないから、力抜く余裕なんてないけど。 ***** 授業もおわり、放課後。 毎週金曜日は俺の勝手ながら、親衛隊関係の集まりは昼休みにさせてもらっている。最近は毎週とまではいかないが、週末外泊をしているからだ。 生徒会長様直々の、特別外泊許可証を頂いて。 「もしもし進藤?…ん、いやそろそろ行くんだけど、風紀にお願いがあってさ。休み中に悪いんだけど、校内の鍵と寮の鍵チェック、ちょっと増やしてくんない?そうそう、最近空き教室狙われること多いから、たぶん誰か鍵借りて、いいこと企んでんだわ。ケイちゃんから親衛隊には指示出してもらうし。……おう、よろしく」 携帯片手に、身だしなみを整える。 必要最低限の荷物だけ持てば、あとは向こうに全部あるし衣類系は必要ない。 黒いリュックに携帯の充電器、サイフを突っこみ、携帯はポケットに。 「うし、行くか」 許可証は出した。 風紀にも親衛隊にも指示を出した。 生徒会にも無理をしないように釘をさした。 生徒会といっても光以外だけど。 あいつは俺がいない時は仕事大してしないし、十分休むだろ。んで、また週明けに徹夜が続くんだよなぁ。 どうにかしてほしい、あの無計画さ。 俺を巻き込んでるっていう自覚あんのか? どうにもこうにも悪態しかつけない。 週明けを憂鬱に感じながらも、とりあえず寮を出る。 迎えは前々から頼んでるし、恐らくもういるんだろう。 無意識に苦々しくなってしまう表情。一応まだ学内だから、フードを被ってマスクをつける。 可愛い可愛い親衛隊がこんな顔してたらいかんよなぁ。 俺のバイブルに書いてあった親衛隊はもっとこう、ぶりっ子って感じじゃなくて自然に可愛い感じだったんだけどなかなか上手く演じれない。 「遅い」 「はぁ?時間通りですけど?」 外に一歩でも出てしまえば尚更。 息苦しいマスクをずらし、文句ばっかの男に言い返す。 可愛いテルくん? 知らん知らん。 こいつの前で可愛くいたって仕方ないし。 「お迎えご苦労」 「何様だよ、俺を足にするとか。俺これでも忙しいんですけど」 「俺が頼んだわけじゃないし。文句があるなら依頼人に言えば?」 まぁ、言わせねぇし、言えないだろうけど。 苦虫をかみ潰したような顔を見れたので満足し、早々に車へ乗り込む。あんま話したくないし、後部座席に。 いつもの言い合いだ。 でも、今日はちょっと機嫌が悪い気がする。嫌味ったらしい笑顔ないし。 「ムカつく日にムカつく奴迎えに来ちまったな」 「なにかあった?」 「おじさんが帰ってきてんだよ」 「飛ばして」 なにかがあったのだろうとは思っていた。 そのなにかが、そこまで最悪だとは思っていなかった。 「言われなくても」と警察に捕まらない程度にアクセルを踏み込む男。 名前は青山孝宏(アオヤマ タカヒロ)。 俺の飼い主の、幼なじみで、お金持ちの、甘いマスクかっこわらいの男。 仲が悪い訳では無い。 仲がよくないだけ。 現に、目的が同じならば共同戦線組めるくらい気は合う。 「いつ帰ってきたの?」 「今朝」 「っち、連絡しろよ」 「さつきがすんなって言ったんだよ」 あー、言いそう言いそう。 そしてそう言われちゃった孝宏はすごすご連絡もせずに、定時で迎えにきたわけね。どうりで機嫌がよろしくないはずだ。 気持ちは分からなくもない。 俺も、孝宏も、さつきには逆らえないから。 有言他実行。 言葉に出されてしまえば、さつきにNOとは言えない、昔から。 「…泣いてた?」 「泣いてねぇ。お前が今夜泣かすんだろ」 「卑猥な言い方やめてよ」 「嫌なら代わってやろうか?」 「殺されたいの?」 さつきを泣かせることができるのは俺だけ。 譲ってたまるか。 「お前もそろそろ親離れしたら?」 「考えといてもいいけど、孝宏にその役が回ってこないように根回しした上で離れるから心配ご無用」 「お前が抜けたら次間違いなく俺だろ。お前がいるから、俺はさつきを甘えさせられねぇんだよ」 声は冗談めかしてるように聞こえても、バックミラーにうつる顔は真剣で、それが本気だということは分かった。 分かったところで、今はまだ譲れない。 「さつきがそれを望んだ時は、身を引いてやるよ」 いつかね。 それから、会話はなかった。 ただ無言のまま、孝宏がラジオの音量を上げ、心境に似つかわしくないやけにアップテンポな曲と、車が風をきる音と、エンジン振動が耳に張り付いていた。
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