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「はい、三笠山化学さんの工事は来週明けにでも掛かれるかと…はい、はい、遅くなり申し訳ありません!」
窓際の薄暗い席でカツオは得意先に頭を下げた。
磯野カツオは都立高校卒業後すぐ江東区内に本社を持つ中堅のアルミサッシ会社の営業に就職した。
高校卒業し、見事起業し一旗挙げてみせると家族にタンカを切ってみせたカツオだったが現実は驚く程に厳しかった…
この10年自分を変える為に何度も転職を考えたが結局思い切りも覚悟もなく今の会社で勤務していたのであった。
(ハァ~…何やってんだろ僕。)
あの頃は数え上げたらキリがないくらい沢山の夢を持っていた気がする…プロ野球選手、鉄道の車掌、政治家になって国を動かしてやるとまで考えた事もあった…
が今の自分は何なんだ、来る日も来る日も山のような仕入伝票と報告書に追われ上司の愚痴と得意先からの苦情に翻弄される毎日、あぁ、これがあのしたたかに生きようと一人気を張っていた磯野カツオなのか!…
考えれば考える程深い闇にはまり込んで行きそうだ。
「磯野ッ、今日どうだ一杯?」
「あ、悪りい、今日ちょっと用事があるんだ。」
作業衣の同僚が付き合い悪くなったなとカツオに愚痴った。
カツオは机の上の山のように積まれた注文伝票をガサガサと整理すると約束の時間を気にしながら帰り支度を始めた。
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