兄さんの考え

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このレストランはオープンキッチンになっていて、コンロで作業しながら客席を見渡す事ができる。 キッチンの真ん中には作業台があり、まな板が乗っている。作業台の下は冷蔵庫になっていて、トマト、エシャロット、ニンニク、シブレット、バター等、兄さんの手にかかるものはなんでもここに揃っている。 その、作業台を挟むようにしてガス台と縦型の保存用冷蔵庫が鎮座している。 ガス台の上にはステンレスの棚があり、ありとあらゆる鍋やフライパンが吊るしてある。 よく見ると鍋やフライパンには傷やヘコみがあるのが分かる。 兄さんはカッとなると、壁や天井に鍋を投げつける。 うちには、金のなる木がある訳でないし、鍋も決して安くない。 だけど、兄さんが怒った時は逃げるに越した事は無い。 怒りたいのはこっちなのだが。 「あと、5分だぞ」前掛けの紐を結びながら兄さんが叫ぶ。 マナブはレモンの切れ端で指を拭き、ニンニクの匂いを消しにかかる。 匂いくらいどうって事は無いが、ニンニク臭いレタスやカルパッチョを客は食べたくないだろう。 僕は缶詰やワインのしまってある小さな貯蔵庫兼更衣室へ行き、ハンガーにかけた上着をとる。 上着を羽織り、鏡を見る。 これで、今夜も、店を開ける準備が出来た。 鏡に映る、疲れた自分の顔を見ると筋肉を引きつらせ微笑んだ。
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