兄さんの考え

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開店してから2時間、待ちわびた1組目の客が扉を鳴らした。 人の良さそうな顔をした恰幅の良い、黄色と紫の派手なネクタイをした男性は、シャンパンをグラスで、体の小さい―そう見えるだけかもしれない―気の強そうな連れの女性はミモザをそれぞれ注文した。 僕は少し演技がかった動作で食前酒を差し出し、 ~本日のメニュー~ と書かれた黒板を二人の前に掲げる。 本日のメニュー、とあるが3ヶ月は同じ顔ぶれで営業する。その期間で同じお店に2回以上来ることは稀だからだ。 もし、そんな客が来たら「メニューにはございませんが……」、「本日入荷の……」と言う具合に重大な秘密を打ち明けるようにしてあげると大抵は注文が入る。 結局、二人は前菜からスモークサーモン、田舎風パテ、モロヘイヤのスープ、平目のポワレ、子羊のローストを選んだ。男性は任せるよ、と言い全て女性が選んだ。 子羊の焼き加減はお任せでとの事だった。 オーダーを通すとキッチンはにわかに活気づいた。 マナブは奥の冷蔵庫から、スモークサーモンのフィレを取り出し兄さんの前に差し出す。 その後、パテをテリーヌ型から分厚く切り出し鉄で出来たパイ皿に乗せて作業台の冷蔵庫へと放り込む。 次にサーモンの付け合わせに取り掛かる。 兄さんはスライスしたサーモンを皿にドーナツ型に並べる。真ん中にはマナブが仕上げたクレソンのサラダを円く盛り付けて、最後に彩りのバラの実を散らして出来上がりだ。 サーモンのオレンジと、クレソンのグリーン、真っ赤なバラの実が鮮やかな美味なる一皿だ。
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