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「きれい。それに、とてもいい薫りね」
「うまいよ」
僕はホッと安心して、すかさず、桜のチップでスモークしただの、今の時期のサーモンは脂が乗ってるだの聞かれてもいない事を言い、最後のスパイスを加えた。
へぇ、と言う婦人の生返事とワインの注文を聞き、「では、ごゆっくり」と言って僕は下がった。
ゆったりした時間、甘い男女の会話、そして、料理とワインを堪能する事がレストランの楽しみ方だ。
あくまでも、主役は客である。僕は監督兼脇役なのだ。スポットライトを遮ってはいけない。
レストランでは空気を読むのでは無く、物語を読む。
一晩限りの愛のミッションインポッシブル。
僕は、ワインと田舎風パテを持って、台本通り着実にこなしている事に満足していた。
この物語は誰にも邪魔されない、いや、させない。と、常に思いながら接客をしている。
僕には、僕が扉を開き、二人をエスコートする、すると、幸せな笑顔で「美味しかったわ」、「また来るよ」という台詞、去り際の寄り添う二人の背中までも想像出来ていた。
結末は余韻を残したハッピーエンドだ。
台本が狂い出したのは、綺麗に平らげられた、平目のポワレの皿を下げた時だった。
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