兄さんの考え

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「なぁ、頼むよ」 僕は床に叩き付けられた鍋の心配をしながら言った。 「子羊をレアだって?馬鹿にしてるのか?子羊はロゼと決まってるんだ。世界中探してもレアで出しているレストランなんか無い!」 「あぁ分かってる、分かってるよ。だが、頼むよ。お客さんが食べたいって言ってるんだから焼き直してくれよ」 「客の言うことばかり聞いていると、子羊をカルパッチョでくれと言い出すぞ。ロゼだ。ロゼが最高なんだ」 僕はキッチンのスイングドアを蹴飛ばした。「じゃあ、自分で言ってこいよ!ただでさえ客が少ないってのに我が儘を言うな!お客さんの為に作るんだ!」 客は不安そうな視線をこちらに向けて、何やらコソコソ話していた。 僕は客に微笑みかけてOKサインを指で作った。 「頼むよ。焼き直してくれ。いいな。お客さんには時間が掛かると伝えてあるから」 最後は渋々ながら焼き始めた。 このやり取りを奥の特等席で聞いていたマナブを見ると、何とも言えない複雑な表情をしていた。 分かってるから止めてくれ。マナブにまでそんな顔をされたら堪らないよ。 僕は、フッと息を吐き気持ちを落ち着けた。 そして、すっかり酔いの醒めた二人に「大丈夫です。すぐにお持ちします」と伝えた。 「早く羊を捕まえてきてね」と女性は言い大口を開けて笑った。 僕は愛想笑いを浮かべ、パンを皿に追加した。 その時、鍋が物凄い音をたててぶつかる音がした。三人はビクッと体を震わせて顔を見合わせた。 その時、組織に売られた宙吊りのスパイと、客に睨まれる僕はどっちがマシだろうかと考えていた。
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