第四十六章 本当の名前

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 同時に、夢を語る子供のように無邪気な瞳で彼女は何かを見つめていた。 「そう、ここの角度、ここに大きな穴が見えるの。分かる? ちょっと来て」 「穴?」ジークも彼女に続きそこへ歩み寄る。  歩み寄った途端、彼はハッと息を飲んだ。  これは目の錯覚か。  可憐が立つ場の一歩先、今までは確かに向こうの景色が見えていた。  だが、今は違う。可憐が示した場所から大樹の間を覗くと、そこには先の見えない深い闇が、いまにも二人を飲み込まんと大きな口を広げていたのだ。 「本当だ……」  身の丈を遥かに超える大きな穴。それを前に、ジークはただ呆然と目を瞠る。 「今まで全く気付かなかったが……恐らくここは」  そうして、穴の中を覗き込もうと可憐と同じ様に穴の淵に手をかけた。  途端、掌を伝わる異様な感触に彼は驚きの声をあげた。  手の平を伝わる湿った感触。ゴツゴツと岩肌のようだけれども、爪を立てればポロポロと剥がれてしまいそうなくらい柔らかい肌触り。  それはまるで、 「……樹?」 「うん、そうみたい」間髪入れずに可憐は頷いた。「一人だと怖くて中に入ることはしなかったけど、ここにね、見えないけどなんだか大きな樹がある気がするの」  彼女は目を閉じ、再び草木の匂いを肺いっぱいに吸い込むことで身体の隅々まで自然を感じる。 「いい香り」  湿った土の香り、微かに漂う花の薫り、甘い──雪解けの水と混ざり合ったような植物の匂い。  それはまるで、自分も自然の一部であると実感させられる瞬間でもあった。 「行ってみる?」  端的、且つ最も相手に分かりやすいように彼女は訊いた。 「………………」  ジークは少し考えた。  これがただの洞でないことは分かる。この先に何があるかは知れない。もしかすると、また別の次元へとつながっているかもしれない。  或いは、直感によるものだけれど、この場所に戻ってこれない気さえした。  しかし、彼はそれでも良いとさえ感じていた。  この先、洞の奥からどことなく懐かしい感じを覚えたからだ。  姿形も分からないけれど、いつでも心の支えになってきた存在。その答えがあるような気がしてならなかった。
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