林道

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
春は過ぎた… ついでに夏、秋越して冬に。真の冬へと。 男は林へと続く一本道に足を一歩踏み出し立ち止まった。 一本道だが道という道はない。男や男の父、祖父が代々歩き続け自然に出来た路だった…。 長年の間に草が踏み潰され、土が見え、ようやく道らしくなった。それでも他の人には道というよりただ周りより草が少ないだけの土の筋(すじ)に見えるだろう。 こういう土の筋を昔の人は『道』と名付けたのかもしれないが…。 男は子供の頃からこの道を歩いてきた。毎日、毎日学校が始まる前と学校終わってからの二回この道を歩いた。 朝は父の仕事の手伝いで木や竹を取るためだったが、夕方は友達とのかくれんぼや秘密基地での集会をするためだった。 男はその林が大好きだった。 ちなみに夜は怖い山姥が出ると祖父から脅されていたから行ったことがない。 男が18の時、病気で父が死んだ。それからまもなく祖父も逝った。母親は男が物心ついた頃にはもういなかった。だが男が母について誰かに聞いたことは一度もない。ただ、母について男が1つだけ何となく気付いていたことがあった。それは母はこの世にいないだろうということであった。祖父が死んでから1人ぼっちになった男は、祖父と父が営んでいた製材所を閉じた。残ったのは家を売った金と、父と祖父の骨壺とあの林だけだった。 男は街に出て、知人の紹介で印刷会社に就職し、そこで1人の女性と知り合い男は22歳で結婚した。 生活も安定し子供も3人、家も建て幸せな日々であった。 ある日、男が勤めていた印刷会社が潰れた。男は絶望し酒に溺れた。そのうち耐えきれなくなった妻と子供達は男のもとから消えた。 男はまた1人ぼっちになった。 男は自分を情けなく思い、自分の行いを悔やみ、自分の人生を恨んだ。そして自殺を決意した。 墓から父と祖父の骨を掘り返し、リュックに入れて男は歩き出した。死んでからも1人ぼっちは嫌だったからだ。 一本道に差し掛かった。男はふと足を止めた。そこには懐かしい風景があった。道はまだ残っていた。 匂い、景色、音、風、光。 全てが懐かしかった。美しかった。男は歩きながら泣いた。 林に入った。祖父が言った。『この一本道には狸がおるぞ。騙されるな。』 父が言った。『人生もこの林までの一本道みたいなもんだ。』 古い記憶が新たな道になった。 そうだ。 男は引き返す一本道で希望をみた。 春が来た。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!