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彼女は海そのものだった。
凪の時は穏やかに、嵐の時は荒れ狂う。
優しさと激しさを兼ね備えた女性。
それが当代の乙姫、廉(れん)である。
艶やかな深緑色の髪に、均整の取れた肢体。
暗紅色で切れ長の目を持つ細面の美女である。
歴代の乙姫では珍しく質素な服装を好むのは彼女の出自が関係している。
元々は龍神配下の戦姫だった。
真砂の母親である先代乙姫とは友人で、彼女が病で倒れた時に請われて、先代龍神の後添いとなったのである。
そして先代龍神との間に龍巳をもうけたのであるが、その後直ぐに先代龍神は戦死した。
それ以来、真砂と龍巳が成長するまで彼女一人で妖の世界の面倒を見てきたのである。
故に彼女は巳水妃や王蛇達にとっても母親たる存在だった。
優しさと激しさの同居と書いたが、どちらかと言えば激しさが前面に出る傾向がある。
端的に言えば姉御肌なのである。
よく巳水妃とかからは、極道の妻が似合うと言われていて、本人も否定し難い所があると渋々認めている。
そんな女傑が謁見の間に鎮座していた。
「よう参られた。御三方共息災であったか?」
笑みを浮かべながら、正座で巳水妃達を迎える廉。
「温かい御言葉恐れ入ります。乙姫様も御健勝な様子で何よりです」
そう言って平伏する巳水妃。
陽視も巳水妃の後ろで平伏する。
「うん、元気だったよ~!廉ちゃんも元気そうで良かった~!そろそろ更年期…むぐぅ!」
「これ!親しき仲にも礼儀有り、という言葉を知らぬのかえ!?」
慌てて巳水妃に口を塞がれる琥珀。
「むぐー!むぐぐー!」
それを見て廉は破顔一笑する。
「アハハハハハッ!相変わらずだねえ、アンタらはさあ!」
「乙姫様申し訳ありませぬ!この痴れ者が…っ」
「琥珀の無礼は今に始まった事じゃないだろう?いいよ、離してやんな」
「は…乙姫様がそう言うのなら…」
そう言って琥珀から離れる巳水妃。
「ぷはあっ!もう、巳水妃ちゃんのバカァ~!死ぬかと思ったよ~!」
「お主がこれ位で死ぬタマか!」
二人の口論を物音が止める。
廉が胡座をかいて座り直す音だった。
そして煙管を吹かしながら言った。
「アンタらも足ぃ崩しなよ。さて…早速聞かせて貰おうか、巳水妃。アンタの進言ってヤツをさ」
その猛将の如き威圧感に巳水妃は佇まいを正した。
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