《天使のような少女》

8/13
前へ
/17ページ
次へ
「違う?」 「人間だったときには漠然とした感覚だった。 漠然とした焦燥感や失望感。 けど、猫だったあの頃を思い出した今、ハッキリ判ったよ。」 「人間は、あなたが思っていたのと違いましたか?」 「うん。違った。 ・・・人間たちは、例えば僕の仕事仲間の一人は、仕事が嫌いで、自分が楽をする事ばかり考えていて、ミスは他人の所為にして・・・、 例えば学生時代なら、勉強でも、恋でも、努力はしないで、他人の足を引張る事で優位に立とうとして・・・、 例えば、車に乗れば歩行者を邪魔にして、歩いているときは車に文句を言って・・・、 わがままで、欲深で、人間同士いがみ合って・・・、 世界中で殺し合って・・・。」 僕のとりとめの無い話・・・、いや愚痴と言うべきかな。 ベルは、真っ直ぐ前を向いたまま、じっと聞いていた。 何故だか、黄金色の瞳が濡れているように見えた。 僕は続けた。 「すごい智恵を持っていて、 猫なんかには想像もつかない道具を作って、使いこなして、 出会うことも無い遠くの、言葉も違う相手とも話し合えるのに、それなのに・・・、 ただ、相手を思いやり、認め合い、信じあう、それだけの事も満足に出来ずに、毎日を汲々と生きている。 人間っていうのは、そういうものだった・・・。 だから僕は、ずっと失望していたし、人間はこんなものじゃないはずだって、当ても無いものを探して、ジタバタばかりしていた。」 そこで、僕が言葉を切ったのを待っていたように、ベルが尋ねた。 「素敵な人間はいませんでしたか?」 「・・・もちろんいたよ。保育園のミサ先生。高校のツヤマ先生。親友のシンイチにヒダカ。それから、オバタさん、アキヤマ、カオリちゃん。そして・・・、」 「野田愛澄(のだあすみ)さん。」 ベルの澄んだ声が、彼女の名前を僕の胸に、心地良く響かせた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加