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「違う?」
「人間だったときには漠然とした感覚だった。
漠然とした焦燥感や失望感。
けど、猫だったあの頃を思い出した今、ハッキリ判ったよ。」
「人間は、あなたが思っていたのと違いましたか?」
「うん。違った。
・・・人間たちは、例えば僕の仕事仲間の一人は、仕事が嫌いで、自分が楽をする事ばかり考えていて、ミスは他人の所為にして・・・、
例えば学生時代なら、勉強でも、恋でも、努力はしないで、他人の足を引張る事で優位に立とうとして・・・、
例えば、車に乗れば歩行者を邪魔にして、歩いているときは車に文句を言って・・・、
わがままで、欲深で、人間同士いがみ合って・・・、
世界中で殺し合って・・・。」
僕のとりとめの無い話・・・、いや愚痴と言うべきかな。
ベルは、真っ直ぐ前を向いたまま、じっと聞いていた。
何故だか、黄金色の瞳が濡れているように見えた。
僕は続けた。
「すごい智恵を持っていて、
猫なんかには想像もつかない道具を作って、使いこなして、
出会うことも無い遠くの、言葉も違う相手とも話し合えるのに、それなのに・・・、
ただ、相手を思いやり、認め合い、信じあう、それだけの事も満足に出来ずに、毎日を汲々と生きている。
人間っていうのは、そういうものだった・・・。
だから僕は、ずっと失望していたし、人間はこんなものじゃないはずだって、当ても無いものを探して、ジタバタばかりしていた。」
そこで、僕が言葉を切ったのを待っていたように、ベルが尋ねた。
「素敵な人間はいませんでしたか?」
「・・・もちろんいたよ。保育園のミサ先生。高校のツヤマ先生。親友のシンイチにヒダカ。それから、オバタさん、アキヤマ、カオリちゃん。そして・・・、」
「野田愛澄(のだあすみ)さん。」
ベルの澄んだ声が、彼女の名前を僕の胸に、心地良く響かせた。
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