ヘンゼルとグレーテル

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部屋でボクは早速今日の話をした。 父から教わった話はボクにとっても面白いものが多いのだ。 「このくらいの赤い木の実が森の奥にはあるんだ。でもね、それは赤なら食べられるけど、たまに白い斑点が付いていることがあるんだって。付いているのは食べたらダメだって、父さんが教えてくれたよ。幻覚作用があるんだってさ」 ボクが手でそれの大きさを示すと、すかさずグレーテルが「その大きさ、リンゴみたい」と呟いた。 ボクもそれに相槌を打つが、彼女の言葉の不自然さに頷きかけた首が止まった。 「グレーテル……リンゴなんて、よく知っていたね。家で出たことはないだろ?」 「リンゴぐらい知ってるもん!あれでしょ?真っ赤で、シャリシャリしてて、美味しいやつ!」 馬鹿にしているわけではない。 ただ、この国で比較的安価なリンゴでも、市場に行かなければ売っていないし、仕事終わりに僕たちが行った頃には売り切れている。 適度な甘みと大量の水分のおかげで、リンゴは重宝されているのだ。 ボクは一度だけ食べたことがあるが、市場へ出たことのないグレーテルがそれを口にする機会などなかったはずだ。 “あれ……でも……” 何故だろうか。 ボクも一度しか食べたことのないはずのリンゴの味が、色々な形で思い出される。 アップルパイにジャム、そのまま噛り付いたこともあれば摩り下ろしたものを食べた記憶もある。 それと同時に思い出されるものは、見知らぬ男女と笑顔のグレーテル、そして、その暖かさ。 それは、確かにボクの記憶で、薄っぺらくなかった。
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