日常1 《黒猫亭の看板娘》

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ーーー・・・。 傷付いた野良猫が一匹、冬空の下をヨタヨタと歩く。 彼女はまだ幼く、若い。 しかし、産まれた数週後には冷たいアスファルトに置き去りにされた彼女にとっては、この冷たい空と地面が世界の全てだった。 彼女は親を知らない。 おそらく、親は今も飼い猫として何処かの暖かい部屋でヌクヌクと生活しているのだろう。 しかし、彼女はそんな親の記憶も、暖かい部屋がある事も知らない。 彼女はこの世界で生きる事が全てだったのだ。 野良の世界は厳しい。 野良猫の世界にも個々に縄張りがあり、グループが形成されている。 その縄張りに無断で入ろうものなら、例え幼い彼女でも容赦なく牙を突き立てられるのだ。 この日、彼女は縄張りと縄張りの境を器用にすり抜けながら街を歩いていた。 彼女は縄張りを持たず、グループにも入っていない。 幼いながらに捨てられた彼女には人間の臭いがついていた。 その人間の臭いが彼女を猫の世界からはみだし者にした。 人間を怨み、敵対する同族は少なくはない。 そんな同族に見つかれば彼女はどうなるか? 実際、彼女は何度も同族に襲われた。 その度に彼女は命からがら逃げ出した。 敵は同族だけではない。 カラスや時として人間も敵となる。 そんな中、彼女が生き延びているのは奇跡に近い。 それは彼女の観察眼、危機察知能力の高さにあった。 元来の素質もあるだろうが、産まれながらに1匹の彼女にとって生き延びる為に成り得る武器はその2つしかなかったのだ。
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