日常1 《黒猫亭の看板娘》

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いつも通りの日常であれば、彼女は何事もなく1日を迎えていただろう。 しかし、今日はいつもと違っていた。 彼女が悠々と民家の塀を器用に渡っていると、交差点にさしかかった。 彼女は頭が良い猫である。 その交差点は交通量が多く危険で、更に交差点を挟んで向こう側のエリアはこの辺りでも有名な乱暴者のボス猫が支配するエリア。 そんな言うなれば危険地帯に彼女は近寄らない。 何匹もの同族が車に轢かれたり、ボス猫になぶり殺しにされ食われたのを知っているからだ。 いつも通り、彼女は交差点に背を向けその場から立ち去る・・・はずだった。 「キャッ♪キャッ♪」 笑いながらヨチヨチ歩きの女の子が交差点へと入っていく。 女の子の母親は携帯を確認しているのか気付いていない。 交差点の向こうから自動車が向かってくる。 自動車の運転手も余所見でもしているのか、クラクションもスピードも落とさずにそのまま車を走らせる。 彼女は理解する。 【このままだと、あの人間は死ぬだろう。】 普段の彼女であれば、そのまま立ち去るだろう。 それが普通であり、自然であり、猫なのだ。 しかし、その日の彼女は違った。 突如、女の子に向かって走り出すと勢い良く女の子の背中に向かって体当たりをした。 人間と言っても小さなヨチヨチ歩きの女の子。 そのくらいの体躯であれば、いくら体重の軽い彼女でも体当たりで前に転ばせるくらいは可能である。 女の子はバランスを崩し、また突然の衝撃により数歩分を前のめりに転倒した。 その瞬間、先程まで女の子がいた場所を車が猛スピードで走り抜けて行った。 「うぇぇぇぇん!!」 転倒した女の子の泣き声が、女の子が無事である事の証。 彼女は泣く女の子を眺めながら【・・・良かった。】と思った。
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