日常1 《黒猫亭の看板娘》

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ーーー・・・。 《くっ・・・私とした事が・・・。》 彼女はヨタヨタと歩く。 左後ろ足を引きずり、左耳を半分近く食い千切られ、血だらけで歩く。 出血、それに彼女を襲う冬の冷たい風が彼女の体力と気力を削っていく。 薄れ行く記憶の中で彼女は必死に前に歩く。 自分は何処へ向かっているのか? 自分は何故、歩みを止めないのか? きっと、この場で寝てしまえば楽になるだろう。 しかし彼女には【諦める】事が出来なかった。 彼女は生きたいと願っている。 だからこそ歩く。 彼女は木製の門の前に辿り着く。 そこは彼女がたまに通る散歩道。 広い敷地と古い家屋が佇む静かな場所。 門は偶然にも開いており、彼女はヨタヨタと門の中へと進む。 この場所であれば、何とか休む事が出来るだろう。 人間の敷地内は同族やカラスは警戒して入りにくい。 それに、他の人間に見つかる事もない。 絶好の隠れ場所なのだ。 後は運悪く、この敷地内の住人にさえ見つからなければ何とかなるだろう。 事実、彼女はこの家の塀を散歩するが一度も人間を見たことがなかった。 しかし、綺麗に手入れされた庭は無人ではない事を主張している。 もしかしたら、この家の住人は極端に家から出ない人間なのかも知れない。 その事を弱りながらも彼女は理解していた。 《・・・はぁ。・・・はぁ。》 しかし・・・その日は違った。 そもそも何故、門が開いているのか? それは誰かが出入りしたからではないのか? 普段の彼女ならば、その事にすぐに気付いただろう。 しかし、弱りきった彼女にはその判断が出来ない。 気付いた時にはすでに遅し。 血だらけの彼女に向けられた視線。 それを感じながら彼女は《・・・厄日だな。》と自分を呪いながら意識を手放した。 ・・・【ドサリ。】
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